沈むは灰色 ページ20
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彼女は、約束を破ったことがなかった。
例えば待ち合わせの5分前にはもうその場所に到着している。けれど俺も5分前には到着しているから、何故か彼女は変なところで張り合って10分前にはそこにいるようになった。
朝ごはんは絶対に一緒に食べると決めてから、どんなに夜更かしした日でも俺の仕事の予定に合わせて飛び起きる。
休日は一緒に過ごすと決めて、彼女はいつも隣で笑っていた。
けれど、彼女は今日初めて、約束を破った。
単刀直入に言うと、帰った家に彼女はいなかった。暗い玄関でただいまと告げて違和感を感じ、リビングまで行ってみても電気が付いていない。寝室にも、キッチンにも、この家のどこにも、彼女はいなかった。Aの名前に、反応はなかった。
まるで俺だけが取り残されて、時間が止まってしまったみたいだ。
それなのに、壁掛け時計はかちりかちりと時を刻んでいる。暗い部屋の中で、ポケットがちいさく透けて光った。
『 神様に手紙を出そうと思って 』
____プルルルルルル。
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彼女は、あの教会で見つかったという。涙の痕が頬にへばりついた状態で、床に倒れているところを発見された。傍らにはしろい封筒が置かれていたのだそうだ。整った文字で記されていたのは「 神様へ。 」
神様なんて、いない。
「 約束、っ……した、じゃんっ…ねぇ…！ 」
病院のしろいしろい床。出会った時と同じ病室。あの時に巻き戻されてしまったように感じた。
清潔で、埃一つない床に膝をついて、指輪の嵌った指を強く握る。
「 ねぇ、A、しあわせ…？ 」
何もできない。しばらくは目覚めないかもしれません と告げられた時、色の抜けた血液が溢れた。
こんなのは初めてだからどうしたらいいのかわからない。あの時の彼女みたいに、何故だか涙はさっきの一瞬だけで引っ込んでしまった。
しあわせじゃないのに、涙が出ない。
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ああ、そういえば、彼女ともう一つ約束をしていたのだった。
「 ねぇ、もし私が先に居なくなったら、
私のことは忘れて幸せになって。
いい？約束だよ 」
____守ることなんて出来そうもない約束はするべきじゃなかったなぁ。
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作者名：ねむい | 作者ホームページ：
作成日時：2018年4月25日 5時
