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空気のいろ ページ18





歯が抜ける夢を見たのだと、それを彼女に伝えてから後悔した。


4月25日の話だ。特別な日になるはずの日、狙ったかのように晴天で、雲ひとつない。まるであの時の閑散とした海のように、空も木陰も静まり返っている。

拍子抜けしたように息を吐いた。朝からの緊張は未だ抜けないのだが、ここまで人気がないと逆に気が抜けてしまう。彼女の手を強く握っていたが少しだけ緩めた。一方の彼女は俺の緊張なんて関係ないかのように軽い足取りで歩いていく。



卒業してから、何度目の海だろうか。毎日来ていたような気もするし、1回ほどしか来ていないような気もするのだが。緊張感で感覚がおかしくなっているのか、ポケットの中のちいさな箱はなんだか動いているような気がした。まるで急かすように、早く出してくれと叫んでいるように。

裸足で砂浜の少し前を歩いていく彼女を見つめた。両手を広げて片足でバランスを取ってみたり、ソプラノの声で笑ってみたりと、至っていつも通りである。よかった、あちらにも緊張されてしまってはなんだか嫌な雰囲気になってしまうから。たぶん、きっと、これでよかったのだと思う。


「 わたしさー 」

「 …んー 」

「 これまでにないくらい、しあわせ 」

「 …っ 」


涙が出そうなほどに、彼女の笑顔が眩しかったから。歩み寄るペースを速めて、彼女の元に着くまでには全力疾走になっていた。その小さな肩に触れるや否や、体に腕を回した。


「 誕生日おめでとう、A 」

「 …忘れてるかと思ったよ 」

「 忘れるわけないでしょ 」

「 で、お誕生日プレゼントは?…なんて 」


その気持ちだけで充分なんだよ、と笑って見せた彼女の頬に接吻を落とした。指先を握って、その前に跪く。このポーズも日頃のアイドルの活動で慣れたものだが、それとは少し違うのだ。蠢いていた箱に微かに触れた。



「 受け取ってくれますか 」



あの日のような涙を見せることもせず、ただただ彼女はびっくりしたかのように笑った。そして、急に真剣な顔になる。目線を合わせる為にしゃがみ込んだ彼女は、潤んだ瞳をこちらに向けてくる。涙を一粒も零すこともなく、海を見たあの日のように、あの日見た海で、幸せを紡ぐ決心をした。



贈り物(プレゼント)、貰ってばっかりだから、わたしからも何かかえしたいって思ったの 」




それは、ちいさくておおきな愛。どうやら人というものは、本当の幸せを見つけた途端、涙すら出なくなるらしい。



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作者名:ねむい | 作者ホームページ:   
作成日時:2018年4月25日 5時

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