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いや、違う。あの時だけじゃなくて、あの時から、私は。
「せ、」
──先輩。
口に出そうとすれば、あの時の想いが栓を抜いたように溢れ出る。
情けなくも言葉にならなかった声と、コンビニで今さっき買ったアイスの袋が音を立ててアスファルトに落ちる。どさりと、昼間の太陽光を浴びて焦げた黒い地面に。
「何やってんの。ホント鈍臭い」
先輩が笑った。
「先輩、あの、どうしてここに？」
「どうしてって、偶然だけど？ たまたま通りかかったらあんたがいただけ」
「あ、そ、うなんですか」
「別にあんたに会いに来たってわけじゃないけど」
上手く会話になっているだろうか。突然の再会に私の心臓が強く拍を打って痛いくらいだった。胸の上で手を握ってもちっとも良くはならない。
そんなことをしていれば、ビニール袋はいつの間にか先輩が拾ってくれていた。くしゃ、と袋が摺れる音と共に差し出される。
「なに、期待したわけ？」
「少しだけ……えっと、ありがとうございます」
「それ何の感謝？」
「えっ、拾ってくれたことの、です」
「……あっそ。まぁいいや、感謝してよねえ」
体温の低めな先輩の指が少し触れて、すぐに離れていった。
改めて見た先輩は三年前とあまり変わらず綺麗な顔立ちをしていた。ただ心做しか以前よりずっと大人びて見えて、本当に歳の差は一つだけなのかと不思議な気持ちになる。先輩は素敵な人だった。格好いい人だった。テレビの画面越しに見る時と同じように。
「お久しぶりです、先輩。お元気ですか」
「っは、何なのその手紙の書き出しみたいな話し方。元気に決まってるじゃん。テレビも雑誌もチェックしてないの？ プロデューサーのくせに」
「見てます、見てます。この間もあの、雑誌の表紙も特集もすごく格好良くて、それに駅前の大きな広告だって先輩で」
思えば随分と差がついてしまった。今や先輩は多くの人が知る素敵なアイドルになった。その一方で私は、まだまだ駆け出しのプロデューサー未満だった。
同じ業界だからといってそう簡単には会えなかった。私はいつでも先輩がそこに居た痕跡をほんのりと感じる、だけ。こうして会うのも、もうかなり久しぶりなことだった。連絡だって殆どしない。先輩は忙しいから、できない。
「へぇ、意外と見てるじゃん。素直な子は嫌いじゃないよ」
そう告げる声にすら、なんだか私はまた苦しくなるのだ。
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作者名：ねむい | 作者ホームページ：
作成日時：2019年8月26日 19時
