【あんスタ】また明日ね、ニュクス【合作短編集】 (ページ34)

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……と、怒鳴る勇気もなく。

なすすべ無く彼女に掴まれたままの左腕は自由が利かない。しかも思いっきりこちらに体重をかけてくるものだから、幾ら相手が年頃の女性だと言えども重い、としか表現の仕様がない。

「ねーそうだ、名前！名前なんていうの？」
「翠。高峯、翠」
「みどり、みどりね。私はA、好きなように呼んで！」
「は、はあ……」

「また」勢いに気圧されてしまって、何も言えなかった。暑いから少し離れて、その一言すら言えないほどに彼女の語圧は凄まじい。それはいっそ、抵抗するのも最早億劫に思えてくるレベルで。初対面からきっとこうだったから、あれよあれよという間にこんな状況に陥ってしまっているのだろう。

一旦、落ち着いて状況把握をしよう。
まず、ステージまで時間のあった俺は海岸沿いを歩きながら、軽食を取ろうとしていた。様々に並ぶ屋台を眺めながら、やたら美味しそうに見えた焼きそばを購入すべく列に並んでいたのだ。そうすれば、急に俺にぶつかってきた女にすいません！と謝られ、俺の顔を見て一言「丁度いい！」と路地裏へ連れて行かれ、そして彼女に一言。

「今日だけ、私の彼氏になってください！」

そう言われ、間髪入れずに彼女はお金は私が出す！と言い張って何処かへ行ってしまい、財布を手にして戻ってきたと思えば今現在に至るわけ、で。

……いや、全く意味がわからない。

自分で言うのも癪だがモテる方ではあるし、路地裏に連れ込まれて告白されたことも無いわけではない。無いわけではない、けれど。気になる点は幾つもある。例えば、一日だけとは？人混みの中をわざわざ走っていた意味とは？丁度いいとは？等。しかし、キリのないそれらを逐一彼女に問いただすのも面倒に思える。それほど茹だるような暑さ。正直、もううんざりだった。今すぐ力尽くで彼女を振り払って、とっとと帰ってしまいたい。そんな感情が沸々と湧き出し始める。

「ねえみどり、」
「……何？」
「顔色悪いよ？木陰でも行こ、無理しないでね」

自分が首から下げていたタオルで俺の汗をぬぐい取って、心配そうにこちらを見つめる彼女に尚更苛立ちを覚える。無理をさせたのはどっちだ。こんなくだらない事に付き合わせて、名前しか知らない女の相手をさせられているこっちの身にもなれよ。

でもやはり、怒鳴る気にもなれないくらい疲れてしまっていて。
仕方なく肩を借りた彼女の横顔が可愛く見え始めた。最早末期だとしか言いようがなく、呆れるばかりだ。