W - truth - 【ワールドトリガー】

大規模侵攻XXVII ページ28

- 烏丸 -

夢なんじゃないかと思った。
どうしても、現実には思えなかった。

目の前のモニターで近界民の首を絞めているその人物がAさんであると、受け入れることが出来なかった。百歩…いや、一万歩くらい譲って水世先輩だったならありえなくない光景ではあるが、Aさんだとは思えなかった。というかもはや脳が拒絶する勢いだ。

でも現実は残酷なもので、事実はどう俺たち人間が頑張ったところで変わってはくれない。

ぼさぼさではあるが、あの長い海松色の髪は彼女の象徴だ。水世先輩とは違う、長髪。

Aさんがこんなに激怒した姿を初めて見た。多分それは、俺だけじゃない。
普段は温厚で、大人しくて、時たまお茶目な一面を見せる、そんな人だった。戦闘になれば、その培われた知識と持ち前の多角的な思考・視野で冷静沈着に、陰ながらチームの守備の要としての役割をきちんと果たす有能な戦闘員だった。まだ本部所属だった頃から、俺の憧れだった。ああなりたいと、思った。同じチームになってその守備の一員となった今でも、気持ちに変化は無い。

だからこそ、今のAさんのことを見ていられなかった。


「こんなのAちゃんじゃないよ…！！」

「お名前平仮名〜〜！！ころしたらだめだ〜〜！！」


宇佐美先輩の発したその言葉は、俺の叫びたかった言葉そのものだった。
こんなのは、Aさんじゃない。俺のあこがれた、高槻Aさんではない。
「やめてください」「戻ってきてください」と伝えたいのに、俺達の声をAさんに届ける手段はない。いつだって、俺たちは…俺は、Aさんを助ける術を持っていない。自身の無力に強く拳を握る。


「Aを止めろ！相手は無抵抗だ！！」


レイジさんがそう現場に指示を出すと、犬飼先輩がAさんを近界民から引きはがす為に動き出した。最終的に、二宮さんと隠岐先輩以外の全員掛でAさんと近界民を引き剥がした。引き剝がされた後もAさんは犬飼先輩と南沢の拘束から抜け出そうともがいた。

そしてようやく大人しくなったAさんの声が、偶然つながってしまっていた犬飼先輩の無線から聞こえてきた。


《なんで…》


今にも泣きだしそうな、そんな声。


《なんであの時…私を殺してくれなかったの…》


そう近界民に問うた声は、とても辛そうで、苦しそうで。
”死なせてくれ””楽にしてくれ”という、Aさんの心からの叫びにも聞こえた。

大規模侵攻XXVIII→←大規模侵攻XXVI

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す