罪で結ぶ絆

嘘 ページ28

・







忘れたなんて嘘だと思った。

ひろって、嘘つくのが下手なんだね……



自分で買ったら忘れないし、ひろのよう
な仕事をしていれば、誰に戴いたか忘れ
るなんてありえない。

礼儀正しく、気遣いが出来るひろならば
尚更のこと。戴いたお客様と会う時は、
きっと身につけて行くでしょう？

私たちの職業は、そういう細かい気遣い
の積み重ねで成り立っている。







そのネックレスには何か文字が彫られて
いたが、部屋は今、柔らかい間接照明の
みで刻印まではよく見えなかった。


ひとりぼんやりしていると、ひろの低い
声がした。




「玲さん……シャワーいいの？」

「えっ？あ……今浴びてくるね」


ハッとして我に返り微笑んだけれど、ぎ
こちなくしか笑えなかった。






*





バスルームには、甘やかなひろの残り香。

白い光が明るすぎる洗面台の、湯気で少
し曇った鏡に映る私の顔は、青白く生気
がないように見えた。




心のどこかで、ひろを信じていた。


ひろと裕太じゃないことを願い、ふたり
への疑念を先に消したくて……だから最
初に指名したの。





でも……

まさか……ひろだったなんて……。




蛇口を捻り、私は熱いシャワーを頭から
浴びた。




“本当の俺が、知りたいんでしょ？”





私はひろを何も知らない。知っているの
は名前と年齢くらいだ。

彼の家族は？住んでいる所は？

背中のスカリフィケーションや身体の傷
のこと……時折見せる仄暗い瞳。

そして自分のことをクズだと言った。



その明るい親しみやすさとは裏腹に、心
の底に深い闇を抱えて………いる？



“これは……どうだったっけ？忘れたわ”


忘れた……か。

女と寝ることが仕事のひろにとって、ヒ
ヨリのように無垢な女の子を堕とすなん
て、とても簡単だったでしょうね？

ヒヨリが死んだことも、妊娠していたこ
ともあなたは知らないんでしょう？







“あなたが負った背中の十字の傷も、心の
傷も消えますように”






不意に、ヒヨリの残した言葉と、変わり
果てた最期の姿が脳裏に浮かんだ。

ヒヨリはあなたのことを想っていたの。
祈ってたのに……！

この時、全身の血が沸騰するような憎悪
を感じ、心臓が口から飛び出すのではと
思うほど大きく鼓動を打ちだした。




ねぇ、ひろ……

ひろは、心にどんな闇を抱えているの？



今、恋人はいる？
いたらこんな仕事してないか……

どうしたら、あなたを絶望させることが
できるかな……？





・

偽りの言葉　　★→←消えない傷

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す