4.昔のはなし ページ5
あの日は確か、どんよりとした曇り空で。組織の人間たちによる教育に嫌気がさしたあにさまが、急に冒険をしようと思い立って、部屋を出てしまった日だった。あの頃はまだあにさまのことを「兄」と呼べるような力がなくて、価値がなくて、あにさまは私にとって、ずっとずっと遠い存在だったのを覚えている。
あにさまもきっと、私のことを妹だなんて認識していなかったと思う。よくても、いつも近くにいる組織の中でも年が同じくらいのやつ、みたいに思っていたはずだ。
「神官さま!ねぇ、おまちください、神官さま!」
「なにしてんだよラビア、遅ぇの!はやくこいよ!」
「ま、まって!ひとりで行かないでください、もうすぐおべんきょうのお時間ですよ!」
「知るかよ、あんなつまんねーのはいやだ!」
「あっ、」
とおくとおくの存在だったあにさまが、組織の人間に見つからないうちに逃げてやると躍起になって、ぐんぐんと走っていってしまうのを、見失わないようにするだけで精一杯だった。抜け出したのがバレたら、きっと組織の人間だけでなく、玉艶さまにも叱られてしまうと思って、一生懸命にあにさまを呼び戻そうとするけど、限りなく他人であるかのように育てられていた私の言葉なんかじゃ、止まってくれるわけもなく。
むしろ「勉強」の言葉が煽ってしまったようで、あにさまの走るスピードはどんどん上がり、足のおそい私はあっという間に置いていかれてしまった。
「ど、どうしよう……」
一度見失ってしまうと、一人で探して見つけるのは至難の業だ。叱られるのは怖いけど、組織の人間に見つけてもらおうと思って、帰るために後ろを振り向き──絶句した。
「ここ……どこ?」
振り返った先には花。右を見ても花。左を見ても花。正面にだって花が咲き誇っていたが、それを楽しむ余裕なんてひとつもなかった。
あにさまを追ううちに、自分がどこから来たかも、道も忘れてしまうなんて。……迷子になってしまったと自覚すると、途端に周りがぜんぶ、おそろしいもののように思えて仕方なかった。
「う、ううう……………」
勝手に涙が溢れてきて、もうどうしたらいいのか分からなかった。もしかするともう帰れないし、あにさまには一生会えないし、この広い広い花畑でひとり、誰にも気づかれなくて、お腹がすいたまま死んでしまうんじゃないかと思うと、余計に泣けてきてしまって。
服の裾をぎゅっと握って、しゃがみこんで泣くことしかできなかった。
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作者名:織叶 | 作成日時:2019年1月13日 2時