大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ19)

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第１章－３－ページ19

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「全生活史健忘？」

カウンター席の雅紀が、唇に人差し指を当てる。

「そうです、自分の名前をはじめとした、これまでの人生のすべてを忘れる症状です。原因としては心因性が多いけど、今回の場合は状況から考えて頭部外傷が原因でしょうね。って、それくらい知ってんでしょ？相葉さんだって医者なんだから」

ソファーに座る二宮が、あきれ顔でつぶやく。

「うーん、何か聞いたことある気はするんだけどさ、精神科の勉強なんて国家試験以来してないからさ、記憶が曖昧なんだよね」

「相葉さんってそもそも国家試験受けたことすら覚えてないんじゃな……ああ、ごめんなさい、冗談です。冗談だってば」

無表情になった雅紀が席を立つのを見て、二宮は慌てて謝罪する。

雅紀に両頬をつねられる二宮を眺めながら、カウンター席に寄りかかるように立っている櫻井は、ジンジャーエールを一口飲んだ。

強い炭酸が喉を心地よく刺激していく。

赤羽の梅沢邸で女性の治療を行った櫻井たちは、取り敢えず彼女をキャンピングカーに乗せ、クリニックへと戻って来ていた。

クリニックのキャンピングカーは、走行中に手術すら出来るほどの改造が加えられているが、幸いなことに女性の容体は安定していて、戻ってくるまでの間にその設備を使う機会はなかった。

地下２階にある駐車場に到着すると、大野と奈美が、頭部の傷を縫合するために、女性を手術室がある４階に連れて行った。

そしてその間、残りの４人はビルの地下１階にある、大野が趣味で作ったバー(というかスタッフ達のたまり場)で待機していた。

「それで、全生活史健忘ってどうすれば治るんですか？」

雅紀の折檻が一段落する頃合いを見計らって、櫻井が訊ねる。

しかし二宮は、思い切り横に伸ばされた両頬が痛くて喋れないのか、両手を頬に当てたまま答えなかった。

「……ほとんどの場合は、時間が経過していくうちに段々と記憶を取り戻してくる」

二宮の隣でタブレットPCをいじっていた松本が、抑揚のない声でつぶやいた。

「記憶を失った時と同じ衝撃を加えれば治るとか聞かない？」

「相葉さん、本気でそんな迷信を信じているわけじゃないですよね？」

まだ両頬を押さえたまま、二宮は恨めし気な視線を雅紀に向ける。

「まさかぁ。冗談だよ、冗談」

ぱたぱたと雅紀は手を振る。

「半分本気だったでしょ。これだから外科系の医者は脳筋だって言われるんだよ」

雅紀の心を読んだ二宮が、反撃とばかりにつぶやいた。