第柒話: 盲(めくら)の梟 ページ7
______カンッ、カンッ
下駄の歯が石畳を軽快に叩く音が聞こえた途端、突然で呆気にとられると、牛山の下に人影が吸い込まれるように入っていくのが見えた。
すると、牛山はたちまちに唸りをあげ、頭を握る手が弱まった。何が起こったのかよくわからないがそそくさと離れる。彼は苦虫を噛み潰したような顔で、心做しか前屈みになりながら雑居房から出ていく。
「反響に手こずったが、なんとかなったか」
事を収め、白髪の老人が手をふらふらと虚空を触る。やっと壁に触れると、ゆっくりと体を起こした。
男からカンッと何回も鳴り響く。どうやらさっきのは下駄ではなく、上顎に舌を擦る動作をする、一種の舌打ちだったようだ。
「女の声がしたが…看守か？」
後ろを向き頭を傾ける。
その顔は少し険しい表情だった。
『え…』
「え？」
『えがった…襲わぃるがど思った
(良かった…襲われるかと思った)』
「…今の方言か？」
腰が抜け、なめらかな津軽弁が無意識で流れる。
舌打ちしながら手探りでふらふらと歩くと、手の甲が弓弦葉の頬についた。
少しずつ冷静さを取り戻してきた彼女は、その行動に違和感を覚え、これまでの経緯を遡(さかのぼ)ると徐々に確信する。彼が目が見えないとなれば舌打ちも、何か存在を探るような仕草も納得だった。
『たっ助けてくれたのか』
「いや…単にうるさかっただけだ。別に助けようとして玉蹴っていない」
さらっとえげつないことを言っていたが、そこは一旦おいといて頬にある彼の手を握ると、ぴく、と反応した。
ちなみに発した音の反響で障害物の方向や大きさ、物体の輪郭を知ることができる能力をエコーロケーションという。代表的なのはコウモリやイルカなどの動物だが、その能力を一部の視覚障害者も持っている。
『それでもありがとう！本当に助かった！』
「…次は気ぃつけろよ」
廊下から弓弦葉を呼ぶ声が聞こえたかと思うと、雑居房からひょこっと白石の顔が現れた。
「よぅ！どうやら強i姦されずに済んだようだな。お、都丹庵士もいるじゃねぇか！」
「その声は白石か？あぁなんだ、お前さん囚人か」
『…？うん』
「弓弦葉ちゃんー！看守来たから戻ろうぜ！」
弓弦葉は立ち上がる。雑居房の出入口に手をかけて後ろを振り返って別れを告げると、その場を後にした。
「はは、網走に似合わん声色だ」
誰もいなくなった雑居房で、都丹庵士はそう呟いた。
『…あ、そういや名前聞いてなかった』
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作者名：S | 作成日時：2024年3月20日 17時
