鼬の道【ゴールデンカムイ】 (ページ17)

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第拾柒話: 家畜獣医ページ17

男が一言呟くと、雑居房に居る者皆が彼に注目した。だが彼は視線を気にする事はまったくなく、看守から又聞きしたと口に掛ける。

「後ろ足が人より長い彼女は動物の如く、高い跳躍力を持ち低い壁なら容易に登る。その体質と丸顔で可愛げがある容姿から、イタ児(ちご)と呼ばれていたそうだな？」

『へぇ、知らなかった』

「ふ、まるで他人事か」

彼女は噂通りにかかとが人並み以上に上がっていて、当時伸びていた爪も同様まるびを帯びるくらいの長さだった(網走収監直後にもう切られてしまったが)。

「ここじゃ互いが警戒している。囚人の詳細が欲しいんなら良く聞こえる耳と記憶力が欠かせないのさ」

しかしよく覚えているものだ。と、そんな率直の疑問が顔に出ていたのか、弓弦葉は意表を突かれ思わず目を見開く。それと同時に、囚人には本当に色々な種類の性格を持つ者がいると感じた。
その場限りで気軽に仲良くするやつもいれば、警戒心共にプライドの高いやつだっているか。

『…おじさん、お名前は？』

弓弦葉は少しかしこまった態度をみせた。突然誘惑と失礼を口に出した若山のことで頭がいっぱいだったが、気持ちが落ち着いてきた彼女は漸く門倉の忠告を思い出す。

「関谷輪一郎だ」

『関谷さんですね。よろすくです』

「………」

彼は終始、頬骨と口角を繋ぐ糸がぷつんと切れたかのように、笑ったり何か表情を見せたりもせず、自身の名前を言ったきり口を開こうとしていない。

『あ、そういえばあなたの名前も』

「囚人に俺の名前を言うとでも思ってんのか？」

『は？アンタも囚人だろ！』

喧嘩腰でしかも食い気味で話す男に嫌気が差し、彼だけは話すのはやめておこうと思った弓弦葉だった。

彼女は二つ名の件を振り返る。遡るさなか、彼女はふと[イタ児]について少し思うところがあった。

『っていうか、イタ児って語呂合わせはいいけどなーんかダサくないです？ねぇ？若山の旦那』

「俺に聞くな！アッチ行ってろ！」

『…酷ぇ…優すくね(優しくない)……』

無論、今日初めて会ったのに楽しく雑談できるはずもなく、若山から冷たく突っぱねられるだけだった。

それでも仲良くしたい弓弦葉は、その日一日は一切口を閉ざすことはなく、傍から見れば独り言を言っているような光景はさぞ異様であろう。

『門倉ぁ〜変えてくれ…ここ居心地悪ぅい』

「我慢しろ葛西ぃ、あと丁寧語に直せ葛西ぃ」

『……はい』

また問題を起こしてやろうかと脳裏に過った瞬間だった。