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『國神君』
「あ? ……って、マネージャー! わり、睨んじまったよな」
『大丈夫、皆目つき悪くなっちゃってるもん』
余程疲れているのだろう。足取り覚束ない様子で丁度目の前を歩いていたから声をかけただけだが、隈の色濃く残った、疲れを滲ませた瞳でギロリと効果音がつきそうな動きで私に視線を流した後、ハッと目を見開いて申し訳なさそうに謝る國神君に笑顔で首を振る。
律儀だな、と思う。終わりの見えない特訓に心が廃れたのか所構わず暴れ散らかす人もちらほらと出てきたというのに。
目の下辺りに人差し指を当てて隈を作って見せれば、彼は「はは」と控えめに無邪気に破顔した。
「つか、マネージャーも大分疲れて見えるぞ」
『私? ううん、仕事量自体は減ったからそこまで疲れていないと思うけれど』
「そうか? でも、」
そして笑顔から一転して、私を気遣う様な真剣味を帯びた表情をする彼に首を傾げる。疲れて見えただろうか、本当にそれ程疲れてはいないのだが。
洗濯機を回したり各棟を移動する回数は増えたけれど、全体的に人数が減っているので仕事量で考えればそれ程大変では無い。
窶れた顔でもしていたのか、と自身の頬に手を当てたと同時に、視界に快活さを思わせる明るいオレンジ色が広がった。少し遅れてそれが國神君の瞳だと気付いて身を引く私とは対称的に、身を屈んで私の顔を覗き込んで居た國神君は「やっぱ何時もより顔色悪いぞ」と心配そうに私を見上げる。
『嗚呼、元々肌が白いの。ゾンビみたいって言われた事もあるくらいだから気にしないで』
「いや、ゾンビはねぇだろ……こんな綺麗な肌なのに」
『……確かにそうだね。ふふ、ありがとう』
「おう………お、?」
顔色と言われて、漸く原因に辿り着く。肌が白いのは悪い事では無いし、私としても嬉しい事であるのだが、如何せん時折青白いと評される事もある程なのが難点だろう。少し寝不足な日には普段以上に血色が悪く見えるらしい。
ゾンビと揶揄われたのは遠い昔の記憶だが、確かに失礼な話だ。私の代わりに怒ってくれた國神君に感謝を述べて、チークくらいは買おうかと悩んで十数秒。
不意に音が消えたのを不思議に思って頭を上げて、再び視線が近くで交わったと同時に彼は「わ、悪い! 近すぎた」と勢い良く身を引いた。首にまで赤が広がりつつあるのを見て、先程は気恥ずかしさすら忘れる程に心配していた事に気付いて、思わず頬が緩んだ。オーバーキルは言うまでもないが。
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作者名:信楽 | 作成日時:2022年12月25日 2時