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ブルームーン『F・ドストエフスキー』※こめこさんリクエスト ページ29

とあるBAR。内装も決して凝っている訳でもなく、唯、薄暗いだけで酒を提供する粗雑な店。

男は此処で待ち人をしていた。来るかもわからず、来たとしても自分に気付こうともしない待ち人を。鼈甲色の液体が、男の手の中で揺れた。

店内に、軽いベルの音が響く。入ってきたのは女だった。女は男から離れた壁際の席に座り、バーテンダーに注文を済ませる。

「非道いですね、Aさん。ぼく、避けられてるんですか?」

男は酒を持って女の隣に座った。女は男を一瞥してからゆっくりと息を吐く。
男はその姿を見て口角を上げた。窶れた姿と相まって、少し不気味な雰囲気を持つ。

「……わかってるのでしょう?貴方、何もかも見透かしてて嫌なのよ」
「貴女の好意もですか?」

女は、目を合わせない。無言のまま、否定も肯定もしなかった。男は笑みを絶やさない。女が深く息を吸い、男を睨む。

「いい加減にして。今日は疲れてるの」
「おや?慰めて差し上げましょうか?」
「貴方のそれはもっと疲れるから勘弁して。フョードル」

漸く女が男の名前を口に出した時、バーテンダーが女の注文の品を持ってきた。

「ブルームーンです」

一言告げると、バーテンダーはまた何処かへ消え去る。女はグラスを少し傾ける。口を離した時に、ぼんやりとグラスを眺めた。男はその様子を見詰めながら囁く。

「其の姿、何も考えられない阿呆の様ですね」
「あらそう。何処かの鼠に魂を食い破られたものだから、足りないんでしょうね」

男は目を見開く。好意を抱いた女性から、この様な思わせ振りな発言をされたのだから当然だろう。軈て、クスクスと笑い出した。
女は、男の行動に眉間を寄せる。少々不気味に思えたのだ。

「では、鼠に全てを齧られてしまって下さい」
「一部でもド迷惑なの。やめて」
「おや、辛辣」

女がまたグラスに口を付け、一口飲んだ、スミレ色のアルコールは、少しばかりこの場には爽やか過ぎた。今度は男が溜息を吐く。

「はぁ……ぼくの愛は叶いませんか?」
「……私、先刻答えは言ったから」
「真逆……本当ですか?」

男はよく頭がキレる。だからこそ、女は遠回しに託したのだ。頬が赤いのは、アルコールの所為かはたまた……

「直接言わせたいの?」
「出来る事なら」
「……そう」

女は男の胸ぐらを掴み引き寄せる。顔の距離が僅かになった時、女の瞳が男の瞳を刺した。囁く様に呟く。

「好きよ、莫迦鼠」

軽い接吻は、苦く、甘く、爽やかな味だった。

電気ブラン『中島敦』※やこさんリクエスト→←※



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いちご(プロフ) - ミラから来たぞおおおぉ! に、しても評価凄いですね!Σ(゚ロ゚;) (2020年6月21日 14時) (レス) id: 3cbabf2902 (このIDを非表示/違反報告)
モフ子 - 道化さん» 全然OKです。後見させてもらいました、兎に角好き(語彙力Maxです。 (2019年8月4日 17時) (レス) id: 7dc88695a1 (このIDを非表示/違反報告)
道化(プロフ) - 書かせて頂きました!お仕事疲れとの事なので、ちょっと絡めたお話を。ゴーゴリ「頑張った子には、ご褒美がいるよね!私は分かっているのさ!」 (2019年8月2日 18時) (レス) id: 915e79c273 (このIDを非表示/違反報告)
道化(プロフ) - モフ子さん» 了解しました!リクエスト内容は、シリーズ最新作の「恋は下心」の方に投稿させて頂きますが、大丈夫でしょうか? (2019年8月2日 18時) (レス) id: 915e79c273 (このIDを非表示/違反報告)
モフ子 - リクエストしても宜しいでしょうか?天人五衰のゴーゴリ君っていいですか?シチュエーションは何でも構わないのでお願いします!仕事帰りに癒されたい!どうか私の我儘を聞いて下され (2019年8月2日 11時) (レス) id: 7dc88695a1 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:jazz | 作成日時:2019年4月26日 19時

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