『文豪ストレイドッグス』飲んで呑まれて愛を引く<短編集>

ライラ『太宰治 黒の時代』 ページ37

橙で纏められた雰囲気、木製の机や椅子、静かなジャズ。レトロモダンを装った店内には女一人、グラスを拭いて客を待っていた。

BARは、この女が経営している。様々な夜の組織から噂話や情報が飛び交う為、女は夜の世界に精通する者となった。それでもひけらかす事無く、無難な態度を貫くのが女のやり方であった。

そんな店も、今日は静かなもの。

何故か。貸し切りの予約があった為。本来ならばそんな事など出来ないのだが、とある人物から頼まれては、女も店の安全の為に受けざるを得なかった。

「やぁ、お待たせ」

待ち人が店にやってくる。片目を隠す様に巻かれた包帯。黒い外套。鳶色の蓬髪。青年は、噂のポートマフィア最年少幹部様である。
彼が軽い声でにこやかに手を振るのを見て、女は溜息を吐く。

「いらっしゃいませ。普段はあんなにも冷たいのに、プライベートは好青年を装うのがお好きな様で」
「君の前だからさ、A」

マスターである彼女の目の前に座り、何を頼む訳でなく、ニコニコと上機嫌に微笑む青年。女を見詰めるその目は、好きな女を射止めようと躍起になっていた。彼にしては珍しく、年相応な様子である。

「お辞め下さい。恋人でもあるまいし。それに、幹部様に名前呼びされたとあっては、私の命が有りません」
「如何して？」
「貴方を思う女性達に首を撥ねられてしまうのですよ」

青年は、その答えが本当に可笑しくて堪らない様子でケラケラと笑い出す。
彼女は拭いたグラスを棚に戻す。綺麗になったグラスは、透き通りながらも美しく光を反射していた。

「ふふ、面白い冗談だね。何か頼んであげよう。ライラなんて如何かな？」
「わかりました」
「あれ？意味には触れてくれないのかい？私、一世一代の告白したのだけど？」

唇を尖らせて文句を垂れる青年。女は酒作りに意識をやっている風を装い軽く無視。幹部に向かってこのような態度が取れるのも、女の特徴であった。

シェイカーを振るその姿は、バーテンダーとしても様になる。女の釣り上げたキャッツアイが、虚空を見ていた。

軈て、出来上がった酒をグラスに注ぎ、青年の前に差し出す。

「ライラです」
「え？本当に触れないの？ねぇ、A？」
「そう何度もされては慣れますよ。子供ですね」

流れる様に、黒の視線がぶつかり合う。女は直ぐにシェイカーを洗いに流し場へ。青年は態とらしく「ちぇ……」と不満げに呟いた。

最年少幹部の恋が実るのは、まだ先の事となりそうだ。

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