Sea ページ25
「じゃ、よろしくな」
「任せとき!」
今日の私は『みか』のお世話になるらしい。『なずな』は元気よく手を振って、大きな鞄を抱えて星奏館を後にした。
「今日はお買い物行こっかぁ。……あれれ、開店何時やったっけ?」
思えば、『みか』と二人きりになるのは久しぶりね。その『みか』は楽しそうに鼻歌を歌っていて、何をしているのかと思えばただ食パンを焼いているだけだった。楽しそうなのはいいのだけれど、確実に焦げているわ。本人がいいのなら構わないのだけれど。
「おこげ、おこげ♪」
あら、むしろ好物だったみたい。私に味覚なんてものはないけれど、ここまで楽しそうだと気になるわね。通りすがりの『ひめる』は、黒くなった食パンを見てぎょっとした顔をしていた。
*
「あっちはL$じゃないから、お財布持ってかなあかんな?」
鞄に荷物を詰めている『みか』を横目に、私はただ床板を見つめる。本当は思う存分見回したいのだけれど、人形の私には自力で動く力もないの。
「……Aちゃん、そろそろ行こっかぁ。抱っこしていけばええかな?」
気がつけば、私の視界は高くなっていた。まるで犬が抱き上げられたような格好は、『なずな』や『しゅう』よりも乱雑な抱え方だけれども、不思議と嫌ではない。
何かと大事にされてもらっているせいか、『みか』が連れていってくれるところは何もかもが新鮮。初めて乗る電車は、聞いていたよりも速く感じる。
この景色を、『みか』は見せてくれているみたい。何人か、知らない人が不思議そうにこちらを見ていたことが少し申し訳なかったけれど、『みか』はただ楽しそうに私の頭を撫でた。
「あかん、酔った」
そうぼやきながら、人の少ない改札を通る。電車で一時間、くらいかしら。時計が見えないから分からないけれど、多分そのくらい。ふらふらした足取りで駅を出た『みか』だったけれども、それも束の間。空が見えると、『みか』はなんだか嬉しそうに目を輝かせた。
「海!学院の近くにもあったけど、こっちでも綺麗やね」
わぁ、とか。そんな感嘆の声を出したい。その一声くらい出せたらいいのに。そう思うくらい、その景色は綺麗。海の方から吹いた風は、『みか』の髪をほんの少し揺らした。
港町、というのかしら。駅と線路を乗せた大きな橋。その下に広がる青い一面は、どこまでも広く伸びている。
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作者名:竜花 | 作成日時:2020年7月8日 23時