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「結局分からず終いか?」
「仕方ない、そんなものさ」
キングスクロス駅行きの列車が無情に到着した辺りで諦めがついてきた。
十日くらい休みがあるうちに、一日国際的なイベントがあるだけ。そう思えばこの休みになんら特別なことはない。
「出発するぞー」
「空いたコンパートメント探さなくちゃね」
お気に入りのチョコをすぐに食べられるように胸の内側のポケットに突っ込んで、列車に乗り込む階段の一段目を、未練を絶ち切ってくれと願いを込めながら踏みしめた。
「待ってリーマス!」
Aの声がして、振り向き様に胸に心地いい衝撃と、あのカシミアムスクの匂いがする。
ネックレスの音は聞こえなかったけど、代わりに渇望していた声で名前を呼ばれた。
「これ、私の家の電話番号。帰ったら連絡して」
「それじゃあね」
またチークキスか。
決まり文句になりつつある別れの挨拶に、憂鬱な気分になる。
あと出発までどのくらいなのかとか、曇ってきたから頭が痛くなりそうだとか、出来るだけ違うことを考えて気をそらした。
皆にするようなキスじゃ嫌なのに。
自然と彼女と同じ目線になるように屈んでいる自分も、情けなくてたまらない。
チークキスは嫌な癖に、少しもないのはもっと嫌なんて、まるで駄々をこねる子供みたいだ。
「動かないでね?」
ああ勿論さ、ちょっとだって動かないよ。
「本当ね?」
頬にする音だけの、挨拶の形をしたキス。
足場が不安定な為に自分の胸にAの手が添えられているのも、全部彼女の意思なんかじゃなくて、受動的なもので。
寂しいだとかも全部、受け身でしかないのに。
それなのに。
「あぁごめんなさい、リーマス」
ゆっくり自分の頬を撫でた。
あの時つかなかった口紅が撫でた人差し指について紅い。
柔らかい唇にさす紅色は正しく燃えるような赤だったけど、嫌味な感じは全くなかった。
そればかりかAがいつもより華やかに見えるし、情熱的な赤色は僕までその魅力にあてられそうになる。
「それじゃあ、今度こそ」
Aは魅力的な人だった。
知性に溢れ、情熱に満ち、そして気高い。
手を振って別車両から乗り込むAの背中を見つめて、胸ポケットに入れたチョコを思い出したように取り出した。
中身は残念なほどに溶けていて暫くお預けみたいだ。
いつの間にかジェームズは消えているし、道すがらいじられることを覚悟しつつ、頬の口紅は残しておくことにした。
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作者名:おーすし | 作成日時:2023年2月11日 19時