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10月最初の土曜日。
梟谷高校での部活体験の日がやってきた。
推薦で入学する予定の人達、部員の人達と一緒に1日練習するらしい。
私は梟谷高校に向かってお兄ちゃんについて自転車を走らせ、いつもとは違い正門から入り、駐輪場に自転車を停めた。
屋内プールはバレー部が普段使う体育館の更に先にある。
体育館の前でお兄ちゃんと別れ、私は屋内プールへと足を進めた。
「波多野」
まだ鍵が閉まっているのだろう。入り口の前で一人佇む見知った顔を見て、無意識に強張った頬が緩むのを私は感じた。
波多野は顔を上げて、特に表情を変えることもなく「ん」と返事をした。
「来るの早いね、塩崎」
「お兄ちゃんと一緒に来たから」
「ああ、塩崎のお兄さんもここなんだっけ」
お兄ちゃんが高校生になってからここ2年ほど機会がなくなっていたが、それ以前まで、時間が合えばお兄ちゃんは私の大会を見に来てくれていた。
それもほんの数回、片手で数えられるくらいのことだが、そのときに波多野とお兄ちゃんは顔見知りの仲になっている。
「波多野も推薦来たんだね」とか「同じ学校通えるね」とか言いたいことはたくさんあったが、波多野が纏う重々しい雰囲気が私にそれを許さなかった。
「今日体験の子たち？超早いじゃん、今鍵開けるねー」
ちょうどそこに、先輩らしき人が鍵を持ってやってきた。
「はい！ありがとうございます！」
波多野の声がいつもより張っている。緊張しているのだとすぐにわかった。そんな波多野に肘で小突かれ、私も急いで「あっ、ありがとうございます」と言った。
波多野は礼儀に人一倍厳しい。
先輩に続いて私達は玄関に入った。ほんの少しだけ漂う塩素の香りが、鼻の奥を刺激した。
「この辺の空いてるロッカー使っていいよ。あそこの扉がシャワーね。みんな来るまでもうちょいかかるからゆっくりでいいよ」
「わかりました！」
大会とか記録会とか、大事な日の波多野はいつも怖い顔をしているが、今日の波多野はいつも以上に固い気がした。
「何？」
「気張ってんなーと思って」
「……私は絶対、失敗できないの」
失敗も何も、ここに呼ばれた時点で入学はほぼ確約されたようなものじゃないか。
難しい奴だな、なんて思いながら、私は水着に足を通した。
こういうときの波多野には、何を言っても無駄なのはよくわかっている。
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作者名：ねむねむねむね | 作成日時：2024年2月26日 23時
