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差し出されたのは、目の前の男とそっくりな男の写真だった
「……父から、あなたの事はうかがっておりました」
どうやら目の前のこの男は、私の知るあの男の息子らしい
「……死因は?」
「ガンです。享年89。80後半にはボケ始めていました」
ガン。
89歳。
そうかなるほど、確かにそうだ。
50年も前ならば、もう死んでいてもおかしくはないだろう
50年、か。
「そうか。仕事を頼みたいんだが、君に?」
「それは幸いですが、父が生前遺したものがございます。
あなたがこの店を訪ねたとき、これを渡してほしいと」
そう言って男が用意したのは、一着のスーツだった。
落ち着いた深い紫のジャケットに黒のシャツ、細身のパンツ、艶のある黒のネクタイ
きっとサイズは、私の体にピッタリなはずだ
「チップは結構です。ただ2つお願いが」
「なんなりと」
「一つ目は、どうぞこれからも当店を御贔屓に」
「もちろん」
「そして二つ目は―――――――」
男は、少し照れたように頬を掻いた
「……握手を」
彼と軽く握手を交わすと、彼は嬉しそうに笑みを浮かべた
「聞いても?」
スーツを持ち帰れるように用意する彼の背中に声をかける
「なんなりと」
「君の事はなんと呼べば?」
「……テイラーと」
「アメリカ風か。悪くない」
言ってから、スーツを受けとると、目を輝かせながら店の中を物色するプロシュートとペッシに声をかける。
涼しい音と共に扉を開ければ、背中から落ち着いた声が掛けられた
「エリック様」
『楽しいパーティーを』
ふと重なって聞こえた声に、軽く手を上げて応える
目覚めてから初めて。
50年の長さを感じた。
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作者名:東雲出雲 | 作成日時:2018年7月1日 15時