水槽に迷い込んだ貴女Ⅱ【Fischer's】【短編集】 (ページ19)

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『8月19日』シルク×恋人ページ19

Aside

“誕生日おめでとう”

たった一言、それだけなのに伝える勇気がないのは、相手が君だから。

今日は夏休みなのに登校させられるこの日。クラスメイトからのたくさんのメッセージをもらっているのを見て、本当は私が1番先に言いたかったのに、なんて。もう遅いのに。

付き合って数ヶ月。ゴリ押しのように、と言ったら彼に失礼かもしれないが、何度も何度も告白されてOKした。

面倒だったからとかうざったかったからとかではなく、いくら断っても一途に思い続けてくれる彼に、私も気付かぬうちに惹かれていたのだ。

シ「マジ……？」

彼はバカっぽい声を漏らした。しかしそれは一瞬にして歓喜の色に染まり、瞬きをした直後には彼に抱きしめられていた。

シ「俺、絶対大切にする」

『う、うんっ』

恥ずかしいのを必死に堪えて絞り出したのはたったそれだけ。その時の私にはそれが限界だった。

自分がシャイで経験も浅くてほぼ無に等しいことには自覚があったし、何より私を抱きしめる彼の体温と鼓動が、薄いワイシャツ越しに伝わってきたのがすごく恥ずかしく、同時に嬉しくも感じた。

この付き合い始めた日から、私は何か変わることなく相変わらず照れ屋で臆病なままだ。

「一緒に帰ろ」と誘うのはいつも彼からで、私からはそう誘ったことも、手を繋いだことも、ましてやキスなんて恥ずかしくて1度たりとも。ファーストまでまだだ。

いつまでもこんなじゃ、きっと彼から別れを告げられてしまう。そう思っていても喉まで出かけている言葉は伝える勇気がなく消える。

だから、私はまだ“おめでとう”の5文字も言えていない。そして、もっと簡単なはずの“好き”の2文字も。

彼はどうしてあんなに余裕そうなのだろうか。どうして何度も“好き”と言葉にできるのだろうか。

『どうして……？』

シ「なーにがどうしてなんだよっ」

『ぉ、わっ！』

机に頬杖をついて冒頭の通りの光景を眺めていた私に、一言漏れた言葉を聞き逃さなかった彼が顔をぐっと寄せて、優しく手を繋いできた。

シ「なに考え事してたの」

『べ、別に何も…？』

シ「俺になんか言いたいことあんの？」

『な、ないよ！ないです…！』

シ「何そんな照れてんのw」

クラスメイトがいる前で堂々とくっつこうとしてくる彼を押し返して、私は机に突っ伏した。

＿＿＿＿言いたいこと、あるに決まってる。いっぱいあるよ。

“好き” “大好き” “手を繋ぎたい”

“誕生日おめでとう”