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「……むざ、さま……」
呼んで、私の口の中にまで陸太郎の血が飛んでいたことに気がつく。
無惨さまは私に近寄ると、かつて陸太郎だったものを押しのけ、私の頬に手を伸ばした。
「むざん、さま……私……」
ひんやりとした指先が、私の頬に触れる。
「何も、言わなくていい」
ぽろぽろ涙が溢れた。涙が溢れて、無惨さまの指先を伝って、手首に滴り落ちた。優しい指先が私の目尻を拭ったことで、私はとうとう緊張の糸が切れて、声を上げて泣き出してしまった。
無惨さまは私を抱きしめ、胸で私の涙を受け止めてくれた。ずっとずっと、私は夜の川辺の腐った小屋で、ただ唯一、唯一の大切な人に、抱きしめられていた。
「……どうして、ここが分かったんですか」
涙の隙間にそう問えば、無惨さまは軽く笑った。
「声だ」
声? 私が無惨さまを見上げると、無惨さまは私の両頬を包みながら身をかがめ、鼻先を寄せた。
「Aが私を呼んだ声が聞こえたから見つけられた」
そう言われて、私はまた涙をぽろりと零した。無惨さまは何も言わず、ただ私の背を撫で続けていた。
次に顔を上げたら、もう腐った小屋ではなかった。いつもの屋敷、私と無惨さまが本を読む部屋。無惨さまは私を抱きかかえると、そのまま廊下を進み、やがて浴室の扉を開けた。そして私の服に手をかけると、それを脱がそうとしたのでさすがに抵抗した。
「何をする。血を洗えないだろう」
私はちょっと視線を揺らして、眉を寄せた。無惨さまは無言で私を見つめ続けると、私の目を覆うように手を当てた。暗闇。そして手を外されたとき、無惨さまが女の人の姿になっているのを見て、私は思わず笑ってしまった。そういう問題じゃないだろう。
恥じらいながらも、服を脱ぐ。女の人の姿の無惨さまの視線を感じながら、私は約3年ぶりに無惨さまの前に身体をさらした。
拾われたばかりの頃はお風呂に入れられたりしていたけれど、それだって3年前の話だ。私は貧相な身体を手で隠しながら、ちらりと無惨さまを見上げた。
「…………」
無惨さまは、目を見開いて私を見ていた。
「……無惨さま?」
無惨さまは服を着たまま無言で浴室に入ると、桶に湯を入れて、私の頭の上でそれをひっくり返した。何度かそれをして、私から髪の隙間から無惨さまを見たら、ちょっと変な顔をした無惨さまとばちっと目があって、不自然にそらされた。
そうして私は、綺麗に血を洗い流された。
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モブちゃん - 無惨様、優しい!マジで素敵な作品です。更新、頑張ってください。 (2020年11月8日 21時) (レス) id: 2f84cbf165 (このIDを非表示/違反報告)
かめ(プロフ) - 無惨様大好きです!というか鬼陣営好きすぎるので、鬼贔屓な作品は本当に嬉しくて…しかも内容も面白く!素敵な作品ありがとうございます! (2020年7月6日 22時) (レス) id: 0b12b82150 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 好きですありがとうございます (2020年4月25日 3時) (レス) id: aef362accb (このIDを非表示/違反報告)
きの(プロフ) - そこらへんの小説なんかより面白すぎて泣いてます…天才ですか…?! (2020年3月24日 22時) (レス) id: 2bb340e5dc (このIDを非表示/違反報告)
hina - ああああああ神なんですか!?いや神なんだよねそうに違いない (2020年1月20日 18時) (レス) id: c01e14d75d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2019年10月22日 21時