検索窓
今日:16 hit、昨日:61 hit、合計:17,912 hit

68 ページ18

.


「妊娠?」


思いもよらない単語が飛び出して、思わずフリーズしてしまう。
でも思い起こせば、保健室でも何度か聞いた話だった。
私が、しっかりしないと。


「何も、言えなかった」

「そりゃそうだ。誰だって驚くよ」

「こんなところで、妊娠がわかったら怖いよね」


その場から離れて、また探しに行こうとする江口くんを萱島さんが止めた。


「小春に言われた時、俺が何を思ったかわかる?父さんに怒れられる。こんなとこにまで来て父さんって」


苦しそうに自分自身を嘆きながら、その場に座り込んだ。


「もうどうしようもないよ、ほんとに。そんな俺が透けて見えたんだよ、小春は」


その時、雨が降り出した。
自然と視線が空へと上がる。


「どうしようもない話なら俺にもあるよ」


萱島さんは江口くんの隣に座ると、思い出すように語り出した。


「魚焼いてたんだ。あの日も雨だったなぁ」


料理中に家のチャイムが鳴り出ようとすると、名前を呼ぶ声がした。
それは、自分たちを捨てて家を出た母親の声だった。
そして、萱島さんは開けないという選択をした。


一度裏切られた傷は絶対消えない。
その痛みは知っている。
私は、元彼が出て行った日のことを思い出した。

仕事も、築いた人間関係も、心も失いかけて、縋る思いで打ち明けたそれは、見事に受け止められずに姿を消した。

事の次第が落ち着いてきた頃に、一通連絡が入ってたっけ、

『久しぶり』

その一言は何を意味していたのか、謝りたかったのか、心配していたのか、それともこの後に及んでヨリが戻せると思っていたんだろうか。

私はそれを見た瞬間に、削除した。


その時の虚しい気持ちが、思い起こされる。
そして許せない私を責めてまた苦しむんだ。
なのに、懲りずにまた人を好きになってしまった。


そんな事を思いながら遠くを見ていると、奥の方で動く人影が見えた。


「小春ちゃん?」

「え?どこ?!」

「あっちの奥に、人が見えたような」

.

69→←67



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (39 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
93人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名: | 作成日時:2023年8月20日 22時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。