Clear‐Crane‐Crime 8th【ars M.A】 (ページ5)

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250.警告。ページ5

本能が

『振り返るな！』と警告を出し続けてる気がした。

頭の中に警報が鳴り響いてるみたいで、一瞬で頭痛がした。

真っ直ぐ、私の後ろを見てる雅紀くんの目がユラっと揺れた瞬間

何故だか「見てはいけない」と彼から慌てて目を逸らし、拠り所を探すように彷徨った私の視線は二宮さんで止まった。

二宮さんは、どこか痛いのかと思うような表情で雅紀くんをジっと見ていて

また「見てはいけない」と思った私の視線は潤さんへと移動する。

潤さんが何か言おうと息を吸い込んだのが分かった、その時だった。

「......伊織さん...？」

雅紀くんの声が、初めて聴く名を呼んだ。

サク...っと胸に小さなナイフを突き立てられたような痛み。

「......どうして？」

掠れた雅紀くんの声。
悔しい位に、私の好きな声が

私じゃ無い誰かに、向けられてる。私の、目の前で。

私が立ち上がった拍子に、スツールがガターンと音を立てて倒れた。

BGMも流れてるからそんなに響いた訳じゃ無いのに、それはやけに大きな音に聴こえた。

「あっ...私、帰るね！」
「はっ？」

応えたのは、二宮さんで

「でも子、何言って...」
「ちょっと用事思い出して！」

雅紀くんの顔を見る事が出来ない。

手首を痛い位にギュっと握られて、視線を落とすと

雅紀くんが私を見上げてた。

泣きそうな、迷子の子供みたいに不安げな顔で。

「......帰るね」

どうしたら良いのか分からなくて、そう言って

「でも子、ちょっと...」
「大丈夫！あ、一人で帰れるから絶対に追っかけて来たりしないでよー？」

二宮さんに冗談っぽく笑って

雅紀くんの手を離して、私は出口に身体を向けて一歩足を出した。

......あんなに自分へ警告してたのに。

振り返るな！って。

私、どうして俯いて行かなかった？

思いっきり目が合ってしまったその人は、想像してたよりもずっとずっと若くて綺麗で

緩く巻かれた長い髪が、白いコートにふわりと掛かる。

無視も出来なくて、頭を下げると

彼女も頭を下げ、でも顔を上げたその潤んだ目はすぐに雅紀くんへと向けられた。

「失礼します...」

誰に言ったのか分かんないけど、それだけ呟いて逃げるように出口に向かう途中

「でも子！待てって！」

二宮さんの声は聴こえた。

「Aさん！」

潤さんの声も聴こえた。

だけど、雅紀くんの声が聴こえなかった。

一番、名前を呼んで欲しい声が

聴こえなかった。