240メートルの誤算4【佐野玲於】

やめとけ ページ29

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『…契約満了って、仕事、なくなっちゃったの。』


今にも消えそうなほど細い、
こっちまで不安になるような声だった。


別れたらお前は生きていけないでしょ
って、随分前に言ったあの言葉を思い出す。
あれ、俺は、俺がAのためだけに生きてたから
そういう意味で言ったんだけど
まさかほんとに…

「…再就職てきなのは？」
『するよ、するけど、…うん、今はちょっと、休憩…ていうか…』
「…ちゃんと考えてんの？」
『うん…一応。』
「…金は？」
『今のとこ、大丈夫。』

ほんとはもっと、怒りたかった。
なんですぐ言わなかったんだって
金くらいやるから強がらないで頼れって
怒りたかった
けど
今俺が言うべきことは、これじゃない。
さっき決めただろ。ちゃんと、二兎を追わないように、今度こそ間違えないようにって


「…考えてんなら、まあ…いいわ。」
『……うん。』
「……ごめん、マネージャーに聞いて…うん。マネージャーが、…電話したほうがいいって、うるさいから。」
『…そっか。』


俺の嘘にも、静かに返事をする。
さくらちゃんの存在を知ったら、Aはなんて言うかな。
いつもみたいに、そっかって流されるかも。


…あとはもう、言うしかない。
ここで最後にしよう。
目を瞑って、さくらちゃんの真っ直ぐな目を思い出した。
俺を見てくれる、あの真剣な眼差し。
捨てられない。
余計なことはもう、考えなくていい


決意したとき、酔っ払いの危うい歩き方で、龍友くんが個室から出てきた。
え、って見てると、こっちに来て

「電話…？仕事？」
「…いや、元カノ。」
「元カノ……浮気の元カノやあ。」

うるさいって体を押した。
へらへらしたままトイレに入ってく。

邪魔が入ってしまった。
改めて深呼吸して、うるさい心臓を抑えながら、口を開く。
後悔しない。
きっと俺にとっての正解はこれなんだよ。
そう、思えているうちに
Aとの思い出が浮かばないうちに
もう、言ってしまおうと思って

命綱を、手離そうと思って



「……あのさ、…合鍵、」


明日、ドアポストに入れとくわ。


言い終える前に、通話が切れた。
え、って、拍子抜けする。
…切れた？それとも、切った？
茫然と立ち尽くす。
我に返ったように、一気に噴き出す汗。
今までのは全部夢だったんじゃないかと思うほど
現実味が無い。
いっそほんとに、これが夢だったら。



掛け直そうと思う手が震えた。
それはまるで
やめとけ、って、誰かから言われてるみたいに。

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