240メートルの誤算4【佐野玲於】

声 ページ15

.



1時間後
泣き疲れたのか、さくらちゃんはソファーで寝てしまった。
タクシー代あげる準備とかしてたのに、参ったな。

とりあえずシャワー浴びて戻ってきたけど
状況は何も変わらず。

「…さくらちゃん、」

声かけても、反応は無かった。


…起こすの、かわいそうだな。
もういいか、泊めてあげても。
この子一応フリーになったんだし。
ベッドに連れてってもよかったけど、抱き上げたら起きちゃうんじゃないかって思って
ソファーの背もたれ、ギリギリまで倒した。

寝室のクローゼットから毛布もってきて、そっと掛ける。
もう身体暖まったかな。

思って、何の気無しに、そっとさくらちゃんの手に触れた。

その瞬間に感じた、違和感。
理由はすぐに分かった。
これ、Aの手じゃないんだ。

…ああ俺、何やってんだろな。
Aじゃない子を家に上げて、仕方ない状況とはいえ、泊まらせるなんて。
Aじゃない子のためにコーヒー淹れて
Aじゃない子のために、クローゼットから毛布出して
俺は、何やってんだろな。

近くにある寝顔は、Aとは似ても似つかない。
この手の感触も、全然違う。


そのとき、思った。
Aって、どんな声だったっけ。

そんな疑問が胸の中に現れたとき
ありえないくらい、ぶわって、涙溢れてきて。


忘れてしまった。
あんなに好きで、好きとかじゃもう片付けらんないくらい、大事で、大切だったのに。
戻れないんだ。
俺たちはもう、本当に他人になってしまった。
…嘘でしょ
ねえ、A。


ぽた、ぽた、床に涙が落ちていく。
別れてから、初めて泣いた。
もう3ヶ月以上も経ってるのに。

いま何してるんだよ
俺のことなんてもう、忘れちゃった？
Aが俺のこと好きになった理由、もう一度声が聞きたかったから、でしょ
今は？
もう、こんなに長い間、離れてるのに
お前は平気なのかよ


さくらちゃんの手を握りながら、声を押し殺して泣いた。
頭の中、Aでいっぱいだった俺は
その手が同じくらい強く握り返してくれていることなんて、気付かなかった。


.

無力で→←コーヒー

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す