240メートルの誤算【佐野玲於】

空気 ページ1

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幼なじみと恋してみたりとか
運命の出会いをしてみたりとか
メイクさんになってみたりとか
おにいちゃんみたいな彼氏になったりだとか
大学の先輩になってみたりとか

もう、うんざりしちゃうよ。


「なに見てんの？」

携帯片手にソファーにだらーってなったわたしを見て、ラグに寝転んでた玲於くんが、起き上がってそう聞いてきた。
じぃってその目を見つめながら、答える

「…夢小説だよ。」
「夢小説？」
「うん。玲於くんの。」
「あー…知ってる知ってる。そのサイト。」
「知ってるの？」
「うん。前楽屋で話したことある。」

見せてよ、って
わたしの携帯を強引に奪って、そのまますぐ隣に座った。
シャンプーの匂いがする。
まだ髪乾かしてないじゃん、風邪ひいちゃうのに。

「…ふは、見て。俺めっちゃかっこいい。」
「…玲於くんほんとはもっと性格悪いのに。」
「はあ？」
「なんでもない、ねぇ、いいから髪乾かしなよ。風邪引かれたら困るし…」
「困るとか言われたくないんすけど。」
「…だって困るもん、どうせ看病するのわたしじゃんか。」

小さな声でそう言うと、玲於くんは ふふって鼻で笑って、立ち上がった。

「夢小説の女のコはね、そういうとき、わたしが看病してあげるねって言うんだよ。」

洗面所にその背中が見えなくなって
はあ、ってため息をつく。
一体どうしたらいいの、頭パンクしそう。


1年と5ヶ月前
別れたいって言ったら
別れたらお前は生きていけないでしょ
って、玲於くんはそう答えた。

夢小説ならきっと、そんなセリフはありえない
ドラマでも、映画でもありえない
そんな言葉を玲於くんは、当たり前みたいな顔して言ったの。

生きていけないでしょ、って、なに？
いや、もちろん色々理由があるのは確かだけど
それにしてもありえない。
きっとみんな、知らないだろうな
あの玲於くんは
かわいいかっこいいってもてはやされてる玲於くんは
実際、こんなテキトーなひとだって。


「A、洗面所のティッシュ切れた。」

髪を乾かし終え、携帯触りながら
またわたしの隣に戻ってくる
この、問題児

「新しいの置いとく。」
「うん。」
「……。」
「……。」

沈黙が気にならないのは最初からだけど
最近は酷い。もう空気みたいになってしまった。
ああ、どうしよう。

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