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Kside
「宏光」
更衣室でエプロンを付けていると、既に昼から出勤していた母親に声をかけられた。
「あ、おつかれ。今日太輔の家泊まりに行くから、ご飯いらないよ」
「…それはいいけど。最近うちでご飯食べてる？」
「え？あー…なんか最近帰ったら寝ちゃうんだよね」
「そうなの？ちゃんと食べなさいよ。なんか痩せたように見えるし」
やはりもう指摘されてしまった。ご飯を食べていないこともバレているし、母親ってなぜこんなにもお見通しなのか。
そして、忙しい母親に、余計なことで心配をかけるわけにはいかないと改めて感じる。
そう気持ちを切り替えて、気にしすぎないようただ棚と向き合って品出しをしていた。
レジにも入りながら、退勤時間の22時まで残り2時間となった。あの男はいつも18時までには来る。今日は来ないかもしれないと期待して、惣菜に値下げシールを貼っていた時だった。
最近敏感になっているのか、すぐ後ろに気配がすることに気がついて手が止まる。気のせいでなければかなり近い。
…いや、気のせいだろと手の動きを再開しようとした時。
「っ…？！」
お尻を手で触られた感覚がして、思わずすぐ振り返った。
「北山くん。おつかれさま」
固まる俺に、男はニヤニヤしながらそう言って、お尻に当たる手をサワサワと動かし出した。
「ちょっ…と、！」
手を振り払おうとすると、ぐっと距離を詰められて、棚に体を追いやられる。主婦客がほとんどのうちのスーパーには、時間帯的に他の客は全然いない。
「今日は何時に終わるの？」
耳の近くで喋られて、顔をできるだけ離す。未だお尻に当たっていた手に力が入り、ぐっと揉まれたのが分かって背筋に寒気が走る。
やだやだやだ…気持ち悪い…っ。
「や、やめてくださいよお客さん…っ」
頑張って冷静になり、少し笑いながら体を押し離した。
もし俺が女の子なら…お構いなしに力尽くで押し倒しても良かったかもしれないが、そうもいかない。
店員と客という立場上、男の俺がそうすれば勘違いされてもおかしくない。
「ねぇ、何時に終わるの？」
「いやぁ…」
「今日、あの彼氏は？いないの？」
「な、なんの話っすか？」
そう、シールを貼りながら目を合わさず誤魔化し続けていると、貼っていた手を握られグッと引っ張られた。
「ねぇ、何時に終わる？」
「に、に、じゅういちじ、です」
にたっと笑った男は、俺の体を投げ捨てるように腕を離して去っていった。
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作者名：櫻弓 想
| 作成日時：2023年2月12日 23時
