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Kside
「大丈夫？！」
遠くからそんな声が聞こえて我に帰った。床についた体が少し痛む。周りを見ると、床に持っていた値引きシールが散らばっていた。
「す、みません…大丈夫です」
「何かあった？」
「や、なんかちょっと変なお客さんに八つ当たりされて、押されちゃって…あはは。ダサいとこ見られちゃったなー」
パンパンと体を払って立ち上がる。本当に大丈夫なんでと駆け寄ってきてくれたパートさんに謝った。
咄嗟に退勤時間は嘘をついた。1時間早く伝えたが…待っていたらどうしよう。というか中でまだ働いていたら、嘘をついたとバレるのでは。
1時間遅く言うべきだっただろうか。それでも今から待ち伏せされてたとしたら意味ないか…あーもう、こんなことに正解なんてあるはずがない。
言ってしまった嘘は修正できない。もし今度詰められたら、残業だなんだと言えるだろう。
とりあえず、いつもは普通にスーパーの入り口から帰るが、開店前や閉店後の入り口が閉まっている時に従業員だけが使える裏口がある。それは向こうにわからないはず。そこからそっと出て、ささっと帰らなければ…。
「おつかれさまでーす…」
嘘をついた1時間分に、あいつが来ることはなかった。
エプロンを脱ぎ、太輔へ今から帰ると連絡を入れる。よし、走って帰ろう。俺の方が若いんだし、走ればきっと大丈夫…と、言い聞かせはするが、かなり動悸がうるさい。
扉をそっと開けて、真っ暗な外を見渡すと誰もいなかった。少しだけ安心してスーパーを出る。
そこから寒空を走った。いつものコンビニも通過したが、姿はなかった。
きっと大丈夫、早く太輔に会いたい。このことは一旦忘れて、2人でゆっくりしたい。楽しみたい、癒されたい。
あと曲がり角を二回曲がれば到着する。
結構な距離を走った俺は、もういいだろうとスピードを緩めて、曲がり角を曲がった時だった。
「…っ？！」
「北山くん、家あっちでしょ」
「なんで、嘘ついたの？」
俺はとにかく逆方向に必死で走って、遠くの公園まで行った。
「はっ、はぁ…っ！はぁっはぁっ！！」
木の影に隠れて、走ったことと恐怖で乱れる呼吸を必死で落ち着かせた。胸に当てた手は酷く震えていた気がする。
そこで太輔から着信がきた。
何を話したか全く覚えていない。でも、気付いた時にはもう俺は太輔の家に着いていた。
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作者名：櫻弓 想
| 作成日時：2023年2月12日 23時
