【オリジナル】虹の梺 (ページ3)

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「彼女、つっけんどんにしてても、ひとにつらくすることはできないから。私が食べてないと食事を持ってくるし、皿のなかに肉はぜったいに入れない。ときどき、メニューにないのに魚がついてくることもあります」
　姫華は眉を垂れて笑った。
「アガーフィヤは知らないけど……ひとの血とか、肉とか食べさせられたことがあって。それでもう、魚以外の肉がだめで。好き嫌いってよくないから、克服したいんですけどね」
「にゃ……」
　彼女の眼差しはどうして濁らないのだろう。
　姫華がどういうあつかいを受けてきたのか、潜入していたあいだだけは知っている。だけれどそれは、アタシの知っているそれは、ほんとうに断片にすぎなかったのだ。知らなかった。肉がだめだなんて。
　アタシは自分を恥じた。アガーシャのことを子どものかわいらしいわがままと思っていたけれど、あの子はあの子なりにきちんとわきまえていた。アガーシャを信じきれず、野菜ばかりのスープをいやがらせと断じたアタシのほうが子どもだ。
　肩を巻いたアタシに、姫華は穏やかな声で告げる。
「なんだろ、エイミーさんには口が軽くなっちゃいます。なんかもう、知られたくないことぜんぶ知られてるせいかも。そのうえで、あなたは私を許容してくれたから……あなたの前では力が抜ける」
「アタシ……いまぜんぜん知らなかったにゃーってしょげてるとこなんだけど、にゃあ……」
「じゃあきっと、知られてもゆるしてくれるって私が信頼してるんです」
「うにゃあ……」
　嬉しいような、気恥ずかしいような。こそばゆい熱が顔にこもった。
「正直、ほっとするんですよね」
　姫華は困ったような顔をする。
「嫌悪を向けられて、無視されているのに。その行動に起因する感情の質量が軽いから。それに、悪口を言われても、私が視線をやったひとの皮膚が剝かれるわけではないし。たとえすこし間違えたって、いやみを言われるだけで、鞭を振りおろされるわけでもなくって」
　アタシは思わず彼女から目をそらした。
「できもしないことはさせられないし。食事に混ぜものはないし。順番を抜かされたってそれだけで。死ぬ寸前まで血を抜かれるわけじゃ、ないし」
　――姫華は見てくれが魔族の食い残しだとは思えないほど綺麗だった。でもそれは、目に見える部分だけだ。
　アタシがはじめて会ったとき、彼女は娼婦のように上半身をはだけさせ、バッドトリップを起こしていた。