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どうかしあわせになってくれと願うに決まっている。姫華のことが邪魔だとも。
この国は一度『マレビト』に殺されかけた。
前王が『マレビト』に惑わされ、国を傾けたのだ。その余波としていまもなお王家に確執がある。なまじ長命種であるせいで、たった数百年では民も忘れない。エルフというのはねちっこいのだ。そう思うのは、アタシが寿命の短いうえに差別にさらされてきた獣人だからかもしれない。
エルフで『マレビト』にいい思いがある者はあまりいないだろう。さらに昔では、『マレビト』をいいように使ってきた歴史があるっていうのに。
アタシだってアガーシャにはしあわせになってほしいに決まっている。だけどそれで、姫華がないがしろにされていいわけがないのだ。ここにはひどい勘違いがはびこっている。連中は姫華が『マレビト』だから、魔族にさらわれても丁重にあつかわれ、楽して生きてきたと思い込んでいるのだ。他に誘拐された少女が言うにはばかられる結末をたどったのもある。保護したとき、姫華は見てくれが魔族の食い残しだとは思えないほど綺麗だった。すくなくとも、目に見える部分には。
まっ白で、水仕事なんか知らない柔らかな手。爪を剥がされた形跡もない。頬もふっくらと色づいて、まるでどこかの貴族令嬢のようだった。虐待された子猫のように震えていたアガーシャと比べれば、あまりに恵まれている。そういうふうに見えても仕方がないのはわかる。
姫華がされたことを吹聴することはしたくないし、他人の傷など味わえないのに不幸比べなど不毛だ。
それでも、姫華の言動すべてに瑕疵をこじつけ、あてこすり、陰口を叩く姿は、見ていられなかった。アガーシャですら苦言を呈するほどだ。姫華は完全にごみ箱になっていた。不満を解消するための痰壷あつかいだ。いくら叩いても壊れず、誰も咎めない、都合のいいサンドバッグだった。
かろん、と皿が鳴った。姫華がスプーンを置いた音。憂いなど感じさせない愛嬌のある顔が、じっとアタシを見ている。――『マレビト』だから、家族を殺されることがない。故郷を躙られる気持ちはわからない。そんな陰口が耳によみがえる。遠い異邦の地に、すべてを置いてきた少女。
「アガーフィヤは」
アガーシャは略称で、本名はアガーフィヤだ。
「アガーフィヤは、私が肉を食べられないことを知っているんです」
「……肉を？」
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