93. MANDERLEY BAR ページ17
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公演が終わり、余韻に包まれたまま
入口近くの『MANDERLEY BAR(マンダレイ・バー)』へと
スタッフによって促される。
言葉を発さずとも、苦い悲しみや憤りを伝える術があるなんて
予想の何十倍もの充実感に少しぼうっとしてしまう。
……流石は演劇の聖地だ。
春樹を待ちながら、メニューを開くと
想定外の価格に驚かされるが
雰囲気に呑まれているのだろうか。
何ともない顔を作りつつ、ページをめくっている自分がいる。
「 Excuse me? 」
ふと目の前に影が差して、聞きなれない言葉が降ってくる。
英会話なんて授業レベルでしか会得していない
私は次に来る単語にたじろぎながらも顔を上げた。
「 Yes.
……なんだ風斗 何してるのこんなところで。 」
先ほどの動揺とは、また違う。
けれど、今の方がずっと鼓動が早い。
「 撮影終わったって言ったじゃん。
こんな機会ないから観劇してたら
Aっぽい人がいるな〜と思って。」
そう言いながら、風斗は私の目の前の席に腰掛ける。
「 ちょっと、私待ち合わせしてるんだけど 」
「 良いじゃん。そんなに邪険にしなくても。
それとも何?僕といると何か困ることでもあるわけ? 」
……春樹が来る前にどうにかしないとな。
こんなところ見られて、良い気分になるはずがない。
それより、どうして一応売れっ子アイドルを
こんなところで野放しにしてるの。
そんなことを考えながら黙り込む私に風斗の顔が近づく。
自分の顔が熱を持ち、鼓動の速度がさらに増すのがわかる。
「 近いんだけど。
その様子だと、かなり実りのある撮影になったみたいだね。」
できるだけ、平静を装いながら語り掛ける。
久しぶりにマネージャーのスイッチでも入ったのだろうか。
「 自分が演技していない間も、学べることがたくさんあった。
正直、今の僕の力でもらえた仕事じゃないから
兄さんには感謝してるよ。 」
人としても役者としても成長したであろう彼の姿に
嬉しくも寂しくも思うのは
数ヶ月行動を共にしていた親心のようなものだろうか。
着信が鳴り、風斗は私のおでこを突くと
手をヒラヒラさせながら出口へと消えていった。
ものの5分にも満たない時間の中で
目まぐるしく動く自分の心に
これ以上、蓋をすることはできるのだろうか。
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作者名:kiki | 作成日時:2017年6月11日 18時