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「生きているのなら生きろ。それが人間の心得だと俺は聞いたが、違ったのか。」
風に吹かれ、靡いたのは深緑色の袖と茶髪の髪と。
その茶髪から見えた、翡翠のように煌めきをもつような目色。
「あのっ………ぁ、ありがとうございます。」
「礼など要らん、俺が勝手にした事だ。」
何かを求めて行動するのではなく、勝手に体か動いている。求めるなんて無様なことなど出来ない。
それが貴方だと、貴方から聞きました。
私がぼーっとしていれば風車を渡し、私が怒れば背中を向けて、いつもより豪華なご飯を作り、私が涙を貯めれば何も言わず自分の胸板に押しつけ、
私が笑えば、貴方のその口も緩んでいた。
小さくも大きくもない池に遊びに連れてってくれて、蛙やあめんぼ、金魚さんもいて、森が大好きになった。
あのとき、あの池に貴方の笑顔が写ってたことを、忘れるはずがない。
「えっと…その、」
「俺はまだ、お前を知らない。」
「え、」
「名を、申せ。」
凛とした低い声は、何故か心に響いて、じんわりと暖かくなった。不思議と荒かった息も収まり、いつも通り呼吸もできる。
何故だろう。
私も彼も、まだお互いを知らないはずだ、
名前だけは。
「A…Aと言います。」
「そうか、 なぁA。」
「は、はい…?」
「やっと、逢えた。」
いつしか、彼の瞳にはうっすらと輝く膜が張っていた。膜が溢れて、一粒ポロリと零れた。
「え、あ、、お兄さ…」
「うらた、」
零れた粒の原因がよく分からないまま、おどおどと声をかけると、とっさに彼の口から出た言葉。
「俺の名だ。狸だけど、たぬきのお兄さんだけど。俺の名はうらただ。」
「うら、うらた、さん…」
彼の口から放たれた言葉が耳から離れない。その言葉は、忘れることはないと確信した。
覚えていてくれた。彼の記憶に、私は存在したのだ。たぬきのお兄さん、私が昔に口にした彼の仮名なのだから。
だんだんと、目の前が歪んで上手く見えなくなっていた。
「ぁあっ、ごめ、んなさい…」
零れてしまったものを、慌てて必死で拭う。
"名前"ただそれだけで、目から溢れ出てしまうのは、自分が一番分かっている。
「ごめっなさ、、止まんなくてっ…」
「泣くな、A。昔にも言ったはずだ、謝罪など俺は求めていない。」
「うらたさぁっ、!」
何度も聞かされたその言葉を聞く度に、思い出してしまう。今も心の底から思ってしまう。
貴方の事が好き。
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sakako(プロフ) - え、え、好きです…!どタイプです!!素晴らしいお話たちを読ませてくれてありがとうございました! (2019年11月2日 12時) (レス) id: d08b40b16f (このIDを非表示/違反報告)
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