二面性ゴースト【浦/島/坂/田/船】 (ページ29)

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【となりの坂田】甘毒の鳥籠 / 蝶遊ページ29

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それはまるで、夢のようだった。
否、私にとっては夢の始まりだったようにすら感じる。

目の前に立ったその人は、いちごのキャンディのような甘ったるい香りがほんのりとした。
その人の腰ほどの身長すらなかった私にわかるのは、ママの読んでくれた絵本で見慣れた三角帽子のシルエット。

それから、煌々としたいちごのキャンディみたいなまるい瞳だった。

そのまんまるの瞳をぱちぱちと瞬いて私を見下ろした彼は、あれえ、とぼやく。

「来る場所間違えたんかなぁ…人間がおるとこに来たつもりはなかったんやけど」

「……おにーさん、まほうつかいさんなの？」

「魔法使いさん？えらい可愛い表現するなぁ、がきんちょ。そうそう、おれは魔法使いさん。
だから早くここからいなくならないと、お前をネズミに変えちゃうぞ！」

私の目線にしゃがみ込んで、わしゃわしゃと少し乱暴に撫でられた大きな手に思わず目を見開く。

くるんと光るいちごキャンディの瞳が少し悪戯っぽく光るのに目を奪われて、がおー、と威嚇するような手の動きは気にならなかった。

－－魔法使いさんは魔法が使えるのよ。

ママの言葉が蘇る。もう一生聞けない声だ。
絵本の始まりには魔法使いはつきものだった。

その赤い瞳が私を連れ出してくれる何かに思えたのだ。

「ねずみになったら、わたしと暮らしてくれる？」

「……へ？」

「わたし、ママもパパもいないの。ねえ、まほうつかいさん、わたしを連れてって？おねがい」

私にはいじわるな親戚と同居することだけが残っている。
親戚は私を疎ましく思っているのを、知っている。

魔法使いさんはそれは無理やで、と微かに息をこぼして立ち上がる。

行っちゃう。焦った私は必死にその装束の裾を力いっぱい引いた。

「ねえ！おねがい！わたしここに置いてかれたらしんじゃうよ！」

「俺には関係あらへんもん！人間のクソガキのことなんかいちいち構ってられへんわ！」

「薄情者！わたし天国に行ったらまほうつかいさんのこと恨んで呪ってやる！」

それこそ汗をかくほど必死になって裾を引きまくった。塾のバッグがぽつんと落ちている。
あのバッグをもう手に取るわけにはいかないのだ。

魔法使いさんは「はあああ…」と大きなため息をつくと、振り向いて髪を掻きあげた。

「…しゃあないなあ。おれの言うこと聞かんかったらカエルにして獣巣に投げ込んたる」

「………いいの？」

「お前がしつこいからやろ。はよこい」

くしゃりと撫でられた手は冷たいのに、今までで一番温かい手だった。