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「……ほんま、可哀想なくらいお人好しやな」
笑い声と共に聞こえた低く冷たい声が、志麻さんのものであると気づくには時間がかかった。
志麻さんを視界に入れた途端ぞわっと鳥肌が立ったのを感じた。
口から伸びる牙と、口の端から少し垂れる紅。そしてそれと同じくらい赤く染まっている、瞳。
さっきと明らかに雰囲気の違う志麻さんに体が固まる。
彼はそんな私を面白がるように一歩、そしてもう一歩近づいて私の輪郭に手をかけた。
頬をさらりと撫でて、顎に手をかけくいっと上を向かせる。見えるのは、酷く歪む赤い唇。
「……やーっと、俺のもんになった」
「……何、言って、」
「昔っからお前、ほんま脳内お花畑やな。人を疑うっちゅうこと知らんような目ぇしやがって」
さっきとは違う、口から吐き出される毒と冷たい声。紅潮している頬と、未だ赤い瞳。
夜を背にする彼の全てが艶っぽく私の目に映って。
「俺の吐いた嘘も全部信じちゃって、自ら血をあげるなんて」
「う、そ?」
「そ。前世恋人やったって話」
ガンっと金槌で頭を殴られたような感覚に陥る。
呆然とする私に「あとさ」と声を出す。
「お前知らんかったやろ?」
「なにを、」
「吸血鬼に血吸われたらどうなるか」
その言葉を聞いた時、小さい頃に読んだ物語を思い出した。
その時の内容を頭に浮かべ思わず「嘘だ」と呟く。
どくどくと激しくなる鼓動と、それに対して低くなる体温。
嫌だ、そんなはずない、という言葉が脳内を支配した。
「血吸われた相手も吸血鬼になる。って知ってた?Aちゃん」
***
絶望に染まる彼女の表情を見た時何とも言えない気持ちに襲われた。
けれど彼女の体は素直に反応している。……ほら、口に伸びるのは吸血鬼特有の鋭い牙。
「でも前世に会っていたってのは嘘やない」
あいつもお前ほどに馬鹿な女だった。
「その時のお前は俺に見向きさえもせえへんかったけど」
俺はこんなにも好きだったのに彼女は別の男と結婚した。
意味がわからなくてその感情のまま彼女の相手を殺して、俺は刑に罰せられて。
ああ、ずっとこうやってお前を俺のものにしたかった。
吸血鬼と人間だからダメ?それがなんだ。
ならばお前をこの手で引きずりおろせばいい。俺と同じ場所まで堕ちてくるがいい。
「愛してる、A」
こちらの世界へ、ようこそ。
祝福の意味を込めて、艶やかに赤い彼女の唇にそっと口づけをした。
fin.
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sakako(プロフ) - え、え、好きです…!どタイプです!!素晴らしいお話たちを読ませてくれてありがとうございました! (2019年11月2日 12時) (レス) id: d08b40b16f (このIDを非表示/違反報告)
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