５９話 ページ11
・
ーーー柔らかい、ラベンダーの香りがする。
暗闇で染まった視界を開けてみるが、見えるのはまたしても暗闇。ふわふわと浮いているような独特の浮遊感がある。腰と膝裏に感覚が集中しているみたい。
(……忘れるわけないでしょ。朔間先輩の匂い、あったかい陽だまりみたいなんだから。)
「A。もう少し待っておれ、今は衣装を着ておるからブレザーを取るわけにはいかんのじゃよ。あぁ、かわいや、かわいや……」
コクリと頷いてみた。チャリチャリと装飾が揺れる音、謎の浮遊感、それとこの香りは。やっと分かった。今私は朔間先輩に抱かれている。恐らく移動している途中なんだろうな、生徒のどよめきが聞こえるから。頭上からひっそりと「こんなに身体が冷えきって……」と聞こえる。
(見えないけど、わかる。先輩の声が聞こえるから安心できる……。私のために生きてこその朔間先輩だよ、うん。)
硬い胸板に顔を寄せる。とくん、とくんと生命の音が聞こえて徐々に鼓動が速くなってくる。ドキドキしているんだね、私の朔間先輩。もっと私のために恋い焦がれてよ。狂おしいくらい、抱きしめてよ。
重厚化した想いをぶつけるかのように、力を振り絞って腕を朔間先輩の胸に当てる。私の方は愛してないよ、先輩のことなんて。まったく、これっぽっちも。
「ついたぞ。……おぉ、改めて見ると流石じゃのう。まさに洗練された美学じゃ。くくく」
「…もう、すごいのは私？衣装を作った斎宮先輩？はっきり言ってくれなきゃだめだよ」
にこっと微笑めば、朔間先輩は眉をひそめて怪訝な顔をする。そうだよ。余裕な先輩なんてらしくない。もっと私の一言一句に苦しんで？
「……A、本当に具合が悪いのか？言いたくないが、仮病ではないのか？先ほどからやけに饒舌じゃのう」
「朔間先輩。まさか病人を疑ってるの？あぁ頭が痛い。棺桶の中じゃ碌(ろく)に暖もとれないのに。あぁ、誰かーーー」
「分かっておる。分かったから、」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 49人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：日向サク | 作成日時：2017年10月23日 18時
