第九話 忘却の異能 ページ33
────女性の声だ。
俺は目を見開き、静止した。
まるで稲妻でも落ちてきた様な衝撃だった。
聞いた事が無い筈の声は、どこか懐かしさを帯びていて心をざわめかせた。
「殺されに……?」
「人を利用してもどうせ死ぬんです。操るわけがありません。」
先程の声にはどこか耳に残る響きがあった。
確か……人形の様に儚く、笑みを浮かべる奴がいた。
遠い昔の出来事の様に感じる。
アレは────4年前。
彼女は……彼女の名は。
『真逆、この天才を忘れたのかい?』
そう云って、彼奴が嗤う。
「……A君。」
無意識に名前を呟く。
あんな奴を忘れていたなんて莫迦らしく感じた。
ふと、辻村君の顔を見ると、口をポカンと開けていて、更に阿呆らしさに磨きがかかっている。
「え、真逆記憶が、」
「……武装探偵社に行ったんだろう。確かそこには異能無効化を持っている奴がいた筈だ。」
そう説明すると、直ぐに辻村君は元気を取り戻す。
表情がコロコロと変わる姿はまるで犬の様だ、と思いながら煙管を吸う。
「じゃあ……Aさんは戻ってくるんですね!」
その発言に対し、一瞬目を見張った。
口に微笑が滲み……煙を吐く。
「……ああ。」
目をつぶって、そう微笑んだ。
扉の外からパタパタと足音が聞こえる。
随分と早い帰りだ、と視線をそちらに向けた。
ゆっくりと扉が開き、一人の女性が顔を覗かせる。
『やあ、ただいま。この私を忘れた気分はどうだった?』
にこにこと、口角が上がって居る様子を見て溜め息が出る。
異能を使われたのは君の落ち度だろう?と文句のひとつでも云ってやろうとも思ったが、彼女の笑みひとつで言葉はかき消されていた。
「おかえり、A君。君の異常さが改めて理解出来た一件だったな。」
たったその言葉だけでこちらの状況を察したのか、天才である彼女は笑い出した。辻村君はそれを見て安心したらしい、何とも平凡ないつもの光景だ。
「……悪くは無い。」
そう呟いたが、その声を拾ったのは俺の足元にいた猫だけだった。
返事をする様に、にゃあ、とひと鳴きするとゆっくりA君の方へと歩き出す。
───綾辻探偵事務所はいつもの平凡を取り戻した。
Fin.
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