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触らぬ神に祟りなし

我々帝国の居城の中にある、シンと静まりかえった広い会議室。黒を基調とした高級感のある机に、10脚ズラリと並べられた赤いクッションの椅子。もう既に全員揃ったそこでは、今から会議が始まるところであった。

「この度はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。本日司会進行を務めさせていただきます、私オスマンと申します。では、これより会議を始めさせていただきたいのですが、まずは出欠をとってもよろしいでしょうか」

頭に被ったトルコ帽の青いフリンジをゆらりと揺らしながら、オスマンと名乗った我々帝国の外交官は淡々と言う。彼の席の後ろに立つ真っ白な軍服の彼は有無を言わさず、それでいて心配を含んだ眼差しで出席者を見渡していた。

今から始まる会議はそれだけ大切なものだ。何しろこれは定期的に行われるものではなく、緊急で開かれたものなのだから。

「御時間の都合上挨拶は省かせていただきます。白家帝都より帝王代理、ぴくと王子」

「はい」

「青鬼大公国よりらっだぁ大公」

「はい」

「白尾王国より国王代理、ワイテルズギルドマスターNakamu」

「はい」

「同じく白尾王国より国王代理、MTハウスマスターKC」

「はい」

「MSSP帝国より総統代理、陸軍隊長eoheoh」

「はい」

「あかがみん共和国より赤髪のとも総理」

「はい」

「そして今回よりご出席いただきます、限界連邦よりげんぴょん陛下」

「はい」

「同じく今回よりご出席いただきます、ヒジキ永世中立王国よりヒラ陛下」

「はい」

「計８名、全員のご出席をご確認いただきました。何かご質問等ありましたら何なりとお申し付けください」

お気づきだろうが、席が一つ余っている。一カ国だけ予定が合わず来ることができないらしい。

数ヶ国は代理人を立てているものの、どこも大国を代表する顔とも言える人物達だ。皆それぞれ護衛を１人ずつ自席の後ろに立たせ、少々警戒体制にある。それも仕方がないというもので、皆命を狙われる立場故に気を張っているのだ。

我々帝国の帝国議会長である青色の男が並べた全員分の紅茶はまだ一滴も減っていない。

司会であるオスマンが自分の席についたところで、ヒジキ永世中立王国の国王がはい、と控えめに手を挙げた。その後ろに立つサングラスにマスク姿の執事の顔色は伺えないが、ピリついた空気の中不安を覚えていることだろう。

「グルッペン総統閣下の御姿が見えない様ですが、彼はどちらに？」

「総統は元より出るつもりがないとのことです。申し訳ありません」

「いえ、気になっただけですので」

我らが総統グルッペン･フューラー閣下はこの数年間、表舞台に立っていない。主役でありながら黒幕側へとまわったのだ。その理由は断じて職務に追われているとかそういう訳ではない。

そのために会議には出席しなくなったのだが、今回から参加するためそれを知らなかったのだろう。重い王冠と赤いマントに身を包んだヒラはそれならそれでいいとでも言うように手を下ろした。早く会議を進めてほしいのだろう。

オスマンは周りを見回し、他に誰も手を挙げないことを確認すると手元の資料に目を向けた。これより緊急会議の幕開けである。

「それでは今回の議題をご説明致します。先日■■月■■日の午後21時19分より、青鬼大公国全土の安全装置が不正に解除される事件が発生しました」

代表である大公とその付き人の顔が強ばったのを誰も見逃さなかった。

簡単に説明すると、そもそもこの世界には３種類のモノが存在するのだ。１つはMOB、世界中で無限に湧き続けるモンスター達。次にvillager、各々の職に付き豊かに暮らす一般人。

そしてPlayer。死んでも生き返り、世界の作りすら変えられる特殊なモノ。安全装置とはそのPlayer同士の攻撃を無効にするもので、それが作動している間PlayerはMOB以外の攻撃を受けなくなる。

逆に解除されている間PlayerはMOB意外の攻撃も受けるようになり、死後は解除者の設定によって変化する。例えばそのまま生き返ったり、ゾンビ化したり、スペクテイターになったりと様々だ。

「知っての通り、安全装置は権限を持つモノだけが作動・解除できます。昨日腕利きのホワイトハッカーに確認を取らせましたが、やはり権限者以外のアクセスは不可能でした」

「僕も仮想世界(バーチャル)の友人を通してそちらからのアクセスができるか確認してもらいましたが、仮想世界からでも同様に不可能でした」

白尾王国のギルドマスターが言う。彼のギルド『ワイテルズ』は仮想世界の大きなグルーブの１つ『にじさんじ』の多数メンバーと関わりがあるため、そちらのホワイトハッカーに依頼したのだろう。

「となると、アクセスされたのは安全装置ではなく……」

「ええ、権限の方である可能性が高いと我々は踏んでおります。その件に関する皆さんのご意見、ご情報の方をお聞きしたくこの会議を開かせていただきました」

それが今回の会議の主題。普段ラフな服装に身を包んでいるモノ達が全員フォーマルで出席しているのは、事の重大さが違うからである。

「まずは当事者であるらっだぁ大公。お話をお聞かせ願えますか」

「勿論」

名指しされた大公は自席の後ろに立つ烏賊の面を付けた彼に目配せすると、その青い瞳をまっすぐ見据えて口を開いた。奥に秘められた感情がドス黒く冷たく、そして重いものであることなど感じさせる由もなく。

「先程オスマン外交官が申し上げた通り、先日我が青鬼大公国全土の安全装置が不正に解除されました。当然国中が大混乱に陥り、我々はその対応に追われていたのですが……その間に僕の腹心の部下に風穴を空ける不届き者がいたそうです。だよね？」

「仰る通りです」

「詳しい事は彼の方が知っています。僕ではなく彼の話を聞いていただけませんか？」

「分かりました。では……お聞かせ願えますか、コンタミ様」

「はい」

張り詰めた空気のこの場には合わぬニコッとした微笑みで彼は一歩前に出た。なるほど、普段は金豚の彼を護衛に付けるらっだぁが見ない顔を連れて来たのはそういう訳だったらしい。

優雅に一礼した際に、顔の左半分を覆う彼の面の下がその空気に触れた。それが何人の目に映ったかは知らないが、とても信じられぬ代物だったことだろう。

「事件発生後、私も運営側ですので対応に追われていたのですが、我らが青鬼の館の別館……渡り廊下の中央辺りでしょうか。そこを渡っていた時に突然身体が動かなくなったんです。その直後にこの面の下を撃たれてしまいまして」

「ちょっ……と待ってください。つまり撃たれたのはコンタミさんなんですか？」

少々疑問を覚えた様で孤児院のハウスマスターが控えめに手を挙げ、問うた。皆の思いを代弁しての挙手だろう。

先日と言えど一昨日の話だ。しかもまだ安全装置は解除されたままなので死亡した際にどうなるか分かったものではなく、負った傷を一度死ぬ事で全治癒することは不可能。なのに顔を撃ち抜かれて笑っていられるなど有り得るはずがない。

「はい、私だけです。恐らくスタングレネードを使用しての殺害を試みたのでしょうが、運良く同僚の緑色が気付いてくださったので助かりました」

「大丈夫なんですか、それって……」

「大丈夫ですよ。私は烏賊なので傷の治りが早いんです。ですが……」

そこで彼は後頭部で結んだ面の紐の蝶々結びを解いた。再び顔が上げられた時、誰かの口から息を飲む声がしたのが聞こえて。

「何故かこれだけは治らないんです」

そこからは耐えず血が溢れ続け、彼のスーツを汚していた。

ただひたすらに真っ赤だった。その下の皮膚の色など伺えぬ程に。透き通った深い紫根の右目に対し、撃たれたのであろう左目は蛍光グリーンに変色しギラついていた。捕捉者の目だった。

「そういう設定をされているんでしょうかね」

「そんな悠長な……！」

「まぁこれは私の血ではないので安心してください、とも総理。私の血は青ですから。皆様にお見苦しいものをお見せして申し訳ありませんでした」

深々と頭を下げ、彼はまたその部分を面で覆い隠した。血を見ることに慣れていない、または苦手なモノ達に少々申し訳なさそうにしているところ、怯えさせたかったわけではないことが伺える。

それにしても痛ましい。傷の完治はこの事件を解決しない限り不可能だろう。

「この通り、事件を起こした不届き者は余程僕を怒らせたいらしい。犯人の特定と消去の方をご検討いただけませんか？」

そう言った大公の伏せられた瞳は、再び開かれたときドス黒い色に染まっていた。光も灯らぬ冷たい目。笑っているのに笑っていない殺意に満ち満ちてしまった瞳。

参加者達は静かに同情した。普段優しい人ほど怒らせると怖いとはまさにこの事。

この中では一番新米の特攻隊長……もといハウスマスターの護衛に付く彼の頬に冷や汗が伝っていることに気付いたのは少し後だった。ようやく落ち着きを取り戻した大公はすみません、とだけ言って席を座り直した。

「大公様につきましては腸が煮えくり返る思いでしょう、仕方がありません。コンタミ様もお身体は大切になさってください。それでは皆様、質疑応答時間を設けますが何か質問等ございますか？」

「あの、さっきの話には関係ないのですがよろしいでしょうか」

桃色の耳を揺らす国王が控えめに手を挙げた。黒いベルトで留めた赤いマントを纏い、同色の大きな王冠は被ることなく膝に置いたまま。中立国の国王と似た装いをしているはずなのにこちらはどこか気怠げな雰囲気だ。

「はい、何でしょう」

「どなたか魔法解除が可能な方はいらっしゃいませんか？私の連れがこんな時に凍結してしまった様なんですが」

「ブフォッ」

さっきまで絶対零度に冷めていたはずの大公が一気に吹き出した。だが国王の顔は真顔も真顔、呆れを含んだ真面目な顔のまま。

彼の後ろに立つ背の高い仙人掌は瞬き一つせず硬直していた。今まで気付かなかったことが不思議な程の氷塊に身体が包まれていたのだ。

「あ、あと煙草吸って来て良いですか？」

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