【日替わり】空白ドロップ【歌い手】

7種類の結果パターン

終わりの欠片が降ってくる。 - 2024年5月13日

☆

そらる

☆

数時間前の出来事が俺の頭にフラッシュバックする。
本気、と聞かれて答えられなかったのは、俺が臆病だからだというのは、痛いほど分かってる。
本気と言ってから突き放されるのが、怖かっただけ。

否定も肯定もせず、あいつは俺の前から去って行った。
その切なげな顔はいまでも脳裡に焼きついていて、必死で拭おうとしてもそれは無駄な行為になり下がるだけだった。


音を立てずに階段を上がる。
部屋の扉にかけられたネームプレートは昔から変わらなくて、そっと表面を指でなぞった。

同時に、ごく自然にこぼれたあいつの名前に、かっと体中が熱くなった。
扉の向こうにはあいつの気配がすこし感じられる。

意を決してドアを小さく叩いた。

正直あいつと顔合わせてどうしようとか、うまく言える自信なんてこれっぽっちもない、けど、もう扉を開くしか、ないのだ。

ドアをそっと開くとすぐ、鏡越しに髪の毛の濡れたあいつと目が合う。
部屋中に響いていたドライヤーの音が止まった。
まだ濡れた髪を振りかざしあいつが振り返る。


「びっくりした。お母さんかと思った」


濡れた髪、すこし上気した頬、どれも直視できるもんじゃなかった。
あいつのことだからきっと、このなんでもない表情を必死で作ってる。

いろいろ考えた挙句、さっきのことなんだけどさ、なんて簡単に言ってしまってから、俄かに曇るあいつの表情に即、後悔した。


「言い訳なら聞かないよ」


冷たい言葉は、さあっと血の気の引くような感覚を認識する。
いつもみたいに笑って冗談をいう風でもない、真剣な表情で…あいつにこんな顔させてんのはまぎれもなく、俺で。


「……思いつきみたくキスされたら傷つくよ」

「思いつきなんかじゃない」

「でも、何も言ってくれなかったじゃん」

「それは俺だってさ、いろいろ考えて」

「だから、言い訳は聞かないって」

「YOU」



咄嗟に手を伸ばした。自分でも驚くぐらいに強引に引き寄せた身体は、あっけなく俺の腕に収まった。
伝わる体温に、露骨に心拍数が上がる。

あれだけ強情だったのに急におとなしくなったあいつがやけに可愛くて、肩に顔をうずめる。
くすぐったそうに身体をよじるのを制止するように、腕に力を込める。


「そらる、」

「ずっと考えてたよ、」


ずっと、そういうことしたいって＿＿悪いかよ。


半ばやけになりながら、あいつの髪に触れる。
掌でほとんど覆えるあいつの頭は少しだけ、揺れていた。

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