その能面、俺が剥がしたる【宮侑、宮治】

それとこれとは別 ページ12

黒板に無造作に文字を書き込む先生の後ろ姿を、欠伸をしながら眺めとった。


「えー、この部分は、なしの已然形と接続詞ばで〜なので、っちゅう…」


古典の抜き打ちテストをやるっちゅう噂が出とったから頑張って起きとったのに、全くテストをやる気配がせん。


(は〜、結局デマやったんかあの情報は…。やったらもう寝てまうか…)


最高に日当たりがいいこの席は、まさにゆりかごのよう。この席に座った者は否が応でも寝かせる睡魔の怪人が取り憑いとると言うても過言やない。

こく、こく、と船を漕いでいると「あ」と隣から小さな意味をなさない呟きが聞こえた。

落ちかけた意識が浮上して、目を開ければ、足元に消しゴムが転がり込んできた。訝しげに足元のそれを見下ろし、横目に佐原を見ると目が合う。かと思えば、何か言いたげに口をモゴモゴと動かしてから、きゅっと口を噤んで前を向いた。


(…絶対落としたの佐原やんな？やけど、なんも俺に言わへん)


やったら無視したろ、と足元から目を離した俺は、ふっとあの日の事を思い出した。


(…此奴、もしかして俺が『話しかけんといて』って言うたの、まさか気にしとんのか？)


あれは噛み砕いて"極力"という意味で使うた。勿論、俺の事を避けとるようやからあんまり意味はあらへんかったけど。


「…それとこれとは、別やろ…」


気づかれないように視線をやると、佐原は筆箱をひっくり返して2つ目の消しゴムを探していた。


(どんだけ気にしとんのや。それとも、そないに俺の事避けたいんか)


「えー、じゃあ、そうやな…、佐原。ここの訳やってみぃ」

筆箱をひっくり返すという奇行が目立ったのか、見事先生にさされた佐原は、すぐさま席を立った。

黒板へ向かう背中を見つつ、そっと消しゴムを摘んで無造作に机の上に置いてやった。チラリ、ついでに見てみれば机の上は教科書、ノートは勿論のこと、参考書や単語帳まで出とる始末。


(うわ、ノートごっつ書いとる…。手ぇ痛くならへんのか彼奴…)


黒板を見ると佐原が現代語訳し終えたところで。静かに席に戻ってくる佐原から目を離してシャーペンをくるくる回していると「…あ」と気付かされた様子の佐原。

何となく顔を向ければ、ぎゅっと消しゴムを握る佐原が、


「…すみ、ません」


極力小さく、目立たぬようにした声で謝った。





(…ありがとうやろ、そこは)





「阿呆か」小さく暴言を吐いた俺の気分は、ぶっきらぼうに掻き回された珈琲のようやった。

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