二十八話 ページ28
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『真冬さん、が?』
「そう…俺が。
何度居場所を失くしても、俺はずっとAちゃんと一緒にいる。
俺が居場所じゃ、嫌?」
ふるふる、と勢いよく首を振る。
涙で潤んだ目でじっと俺を見つめ、小さく『なんで…?』と呟いた。
『私、何もしてない…真冬さんに何も返せてないのに…
なんで、そんなに優しくしてくれるんですか…?』
「なんでだろうね…俺にも分からないや。
だけど、Aちゃんが悲しんでいるところは…見たくないんだ」
そう言って、優しく涙を拭う。
ぴくりと瞼が震え、再び目に涙の膜が張った。
『…もう少しだけ、このままでも…いいですか?』
「うん」
身を預けてきたAちゃんを、優しく抱き締めた。
微かに嗚咽が聞こえ始めたので、頭を撫でる。
『誰かに、撫でてもらったの…久し振りです』
「嫌だった?」
『…もっと、撫でて欲しいです』
恥ずかしそうに言うAちゃんを見てクスッと笑って、優しく撫でる。
…通帳の件が余程ショックだったのかな。
俺に甘えることなんて、一度もなかったから。
少しは落ち着いたのか、深呼吸をして息を整える。
…もう、大丈夫かな。
『聞いて下さり、ありがとうございました…
だいぶすっきりしました』
「それなら良かった…」
目元は赤いけど、笑顔を浮かべたAちゃんを見て、安心する。
「とりあえず、朝ご飯の食器だけでも片付けよっか。
その後で、また話したいことがあったら聞くから」
『…ありがとうございます。だけど、もう大丈夫です。
…いつまでも、泣いたり逃げたりしていても、変われないですから』
吹っ切れたように笑ったAちゃんのその言葉が、胸に刺さった。
…俺の今は、“逃げ”なのだろうか。
立ち上がったAちゃんの腕を、今度は俺が掴む。
驚いているAちゃんの目を見つめて、ゆっくりと口を開いた。
「…決心がついたら、俺の話も聞いて欲しい。
だから、それまで…待って貰ってもいいかな?」
『はい。いくらでも待ちます』
いつまでも、逃げている訳にはいかない。
現実逃避は…もうやめにしよう。
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作者名:鈴里風夢 | 作成日時:2019年2月2日 17時