malus＿1 (ページ30)

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君の香りは藍色＿Senra ページ30

「会いたい」

スマホ越しの掠れた声は弱々しくて、今にも消えてしまいそうだった。

自分が埋め合わせの男だと知っていても、それでも俺は息を切らしながら彼女の家に向かってしまう。
まあ、俺が彼女にベッタベタに惚れ込んでいるだけなのだが。

『は、…はぁっ、……おいA…』

「あ、センラ」

鍵も閉まっていない、いや、俺の為に開けておいてくれたのか。そんな彼女の家にバタバタと上がり込む。
俺を見るなり目を細めてふにゃりと微笑むAの目尻には涙が浮かんでいた。

ああもう、かわいいな。

こんな顔を見れたのは久しぶりだし、こいつを泣かせた男に感謝ぐらいはしてやってもいいかもしれない。

『…なんや、もう立ち直ったんか』

「走ってきてくれたの？」

『だってお前泣いとったし…焦ったわ、まじで』

俺が頭を搔いてそう言うと、もっと嬉しそうに笑った。

ぐちゃぐちゃに泣いてる顔も結構好きなんやけどなあ、なんて。
俺は君が思っているよりきっと救いようのないクズだ。

この状況を喜んでいる自分がいる。彼女は泣いていたのに、俺の気持ちは勝手に跳ね上がるばかり。

慰めて欲しい時に慰めてやって、抱きしめて欲しい時は抱きしめて、甘い言葉が欲しいなら囁いてやって。そんな関係をもう8年ほどずりずりと引き摺っていた。

勿論自分の想いも彼女には伝えてきたつもりだが、Aはそれを笑って誤魔化す。

「…ね。抱きしめて、センラ」

まあ、俺が振られたらこの関係はぶちりと糸のようにちぎれるのだから、誤魔化されておいた方が俺もこいつも幸せなのかもしれないけど。

俺は慰めてやるのを口実に彼女に触れる。
Aもそれを知っている。

それであえて思わせ振りな態度を取ってくるのかはよく分からないが、この関係が途切れないのなら俺はどう弄ばれたって良かった。

まあでも、彼女の事が好きなのには変わりないが。

『どうせあいつやろ。あの、最近付き合った男』

「よくわかったね」

『付き合う男ぐらいちゃんと選ばんとさあ』

「あーはいはい分かってる分かってる」

俺に小言を言われると思ったのか、肩に顔を埋めてきて「聞きたくないです」というアピールをしてくる。

こいつは昔から男運がずば抜けて悪い。見る目がないというか、迷いがないというか。
既に恋人がいる男や何股も掛けていた男、彼女の身体目当てで付き合う男など、もう散々な目に遭っているはずなのに。