ページ ページ22
・
「これ、Aのやろ」
そう言いながら近づいてくる志麻。嫌な予想が当たってしまい私は困惑しながらも何とか逃れる方法を考えていた。
「なんで持って…」
「試験官の中に入っとるってことは明らかに単なる人間用の薬とかそんなんちゃうよな」
その口ぶりは私の正体を全て知っていたかのようだった。けれど今は手段を選んでいる暇がない。
「っはやく、返して」
私は息が乱れながらも必死に手を伸ばしてなるべく匂いが鼻に入らないように片手で顔を押さえながら近づく。あと一歩、あと数cm。
指先が触れる前＿＿
「…無理に抗うとか、いい加減辞めない？」
そこから目に映る景色はスローモーションだった。
志麻の手から離された試験管は宙を舞って下へと落ちていく。ゆらりと揺れる中の液体は日によって光を反射させた。
「だめっ…！」
教室いっぱいに耳を劈くようにガラスの割れる音が響き渡る。試験官の中に残っていた液体が教室の床に広がって色を変えながらも水溜りを作っていく。
試験官の中に入っていた液体全てが落ちてしまった。それと同時に思考がかき乱されて保っていた理性がどろどろと溶けていく。
「あーあ、つい手が滑ったわ」
「ごめん」と言いながらも反省していなさそうな態度がチラついて苛立ちを覚えるが吸血したいという衝動の方が強すぎて怒ろうにも怒れず私は目を釣りあげて睨みつけた。
「…もう、知ってるんでしょ」
「おっと怖いなぁ。まぁ俺も一応国家の所長の息子なんでね。これなんか俺の親父が長年追い求めていた研究データの吸血鬼化抑制薬品なんて一目見たらわかる」
「吸血鬼に恨みでもある？」
「別に吸血鬼一族に恨みを売られたこともなけれ憎んだこともないわ。…ただ、Aに興味があるだけ」
すると志麻は私と距離を縮めるかのように一歩、また一歩乾いた音を響かせながら近づいてきた。それと同時に私は後ろへと下がろうとすると今度は手首を掴んで逃げられないように壁へと押し付けられてしまった。
・
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 35人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「歌い手」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
