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Lost Eden ３ ページ35

仕切りカーテンを開いた先に、前開きの襯衣を身につけ、白いシーツの上に横たわっているAがいた。
瞼は固く閉じられた儘で、この先彼女の鳶色がかった黒瞳を見る事が叶わないのではないかという不安が過ぎった。
ヒールが床を打つ硬質な音がして、振り返る。
「太宰」
「与謝野女医……」
「勝手に開けるモンじゃないよ。……気持ちは判るけどね」
女医は頭を掻き、パイプ椅子を寝台の傍で開いた。促されるがままに腰掛ける。自重で、ぎい、と耳障りな音が鳴った。
「正直なところ、Aの意識が戻るかは微妙なトコだよ」
「……え」
らしくもなく、困惑の声が漏れ出た。
「怪我は治した。少なくとも怪我で死ぬことは無い。でも妾の異能じゃ、精神(こころ)までは治せない」
与謝野女医はどこか遠くを見るような目で、過去を見るような目で云った。髪飾りの蝶が、蛍光灯の光を受けて鋭く反射した。
「精神(こころ)……って、如何云う事ですか」
ようやく出した声は、酷く掠れていた。唇が小刻みに震える。体温が抜け落ちていくような、心臓が凍り付くような感覚を覚える。
「太宰、Aの異能を思い出してみろ」
乱歩さんがサブレを口にしながら医務室に入って来た。
Aの異能。『道化の華』。精神操作系。
『異能を使えば私は心身共に――』
――真逆。
「Aの異能が、Aの精神を蝕んで……」
今迄は身体に出ていた代償が、今度は精神にまで影響している。否、今迄もAの精神を蝕んでいたのかもしれない。
Aが異能を使用した時、彼女は常に目的の事しか考えていなかった。常に真っ直ぐに目的だけを見ていた。自分が危険な目に逢うと判っていながら、決してその姿勢を変えようとしていなかった。
彼女の性格だと思っていたが、ひょっとして、それは異能の影響ではないだろうか。
柔軟な発想のできるAだ。周囲を頼ることが出来る子だ。だのに、こういった時は決まって独りで突っ走ってしまう。それは、異能の影響ではないだろうか。

「……妾はね、この子を解体した事が無いンだよ」
Aが与謝野女医のところに運ばれてくる時は、常に瀕死だ。その事実が重く伸し掛る。
「今迄一日眠れば回復していたのが奇跡なくらいだ。全く、君一人の命じゃないって云ったんだけどね」
乱歩さんはAの枕元に先程彼が口にしていたものと同種のサブレや煎餅等のお菓子を積んでいた。

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