双黒に嘘をつく【文スト】 (ページ29)

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第28話　太宰side ページ29

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ビリビリとした緊張感が一挙に霧散した。

彼女の身体がぐらりと大きく揺れ、糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。

我に返った乱歩さんが慌てて抱き留めようとするも、ただの質量となった人体は重すぎて床に二人して倒れ込む。

「退いて」

いち早く異常事態に反応したのは流石、医者の与謝野先生だった。

敦くんを押し退けて出てきて、素早く彼女の身体に触れる。

「…酷い熱だね。濡れたままでいたせいだろう」

「どうしよう、僕が」

「後は精神的なものかい？乱歩さんには…事情を説明して貰いたいねェ」

こんなにも動揺している乱歩さんは見たことがない。

泣きそうになりながら彼女にすがっている。

「……」

其の光景に、ふつふつと沸き上がる感情を飲み込むように目を閉じた。

両手を握られて戸惑う姿。

感謝を告げて微笑む姿。

呼吸するようにその手を赤く染めていく姿。

小さいのに遠くて大きな後ろ姿。

「……」

目を閉じても彼女の姿がちらつくとは。

「太宰、アンタは何か知らないのかい」

「私？さァ、彼女とは昨日会ったばかりだからね」

国木田くんが医務室に運び、遅れて参加した谷崎くんたちにも経緯が説明される。

乱歩さんが部屋から出てきたが、彼女がいなくなってしまった。

だが、彼女が目覚めるのを待ってからと声をあげる者はいない。

封の空いていないラムネの瓶をじっと見つめている乱歩さんの言葉を皆が待つ。

「……Aは、此の世界の人間じゃない」

備品室でのやり取りでもそう言っていた。

「一月前に来て、マフィアにいたのは間違いないと思う」

誰も反論しない。

そんなことは有り得ないと思っても、乱歩さんが言う事だから納得するも何もない。

「僕は彼女と会ったことがあるんだ」

乱歩さんが、顔をあげた。

「彼女は忘れているし、どうしてまた此処にいるのかはまだ分からない」

いつ何処で出会ったかは話さない心算らしい。

「異能力を持たない一般人ってことですか？」

「社長の抜刀に反応したんだ。先の剣幕と言い、只の一般人ではないだろう」

挙手をして発言した敦くんを国木田くんが否定する。

此れで彼女が一般人なら全く動けなかった国木田くんの理想が崩れるものね。

「僕は備品室で内側から鍵をかけてた。なのに…誰もAに鍵を渡してないだろう？」

解錠音は矢張り幻聴ではなかったらしい。

「社長、Aは保護するべきだ」

乱歩さんはそう言って席を立った。