賭博場でザルっぷりを発揮する親世代の化け物たる牙城の藤平

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夜中屋敷を逃げ出して賭博場に向かった藤平。
長い間天上に居たせいで娯楽に飢えてる日ノ本一の結界術師さんは飲み比べという賭け事があると聞いていてもたってもいられなくなっちゃったのです。

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「さて、と」

藤平が足を向けたのは賭博場と襖越しに繋がっている酒場の大広間だ。賭博場の客でもあるアヤカシたちが酒を浴びるように飲みながらそれぞれの話に花を咲かせていた。
藤平は長い間神気に当てられていたせいで青年から少年まで肉体が退行している。その若いどころか幼い容姿の藤平は大広間で目立ち、狩衣の袖が客の間を縫うたびに客が藤平の姿を追いかける。

藤平の足が止まったのは、同族同士で宴会を開いている鬼の前だった。

「ねえ、お兄さんたち」

一番体格のいい鬼に声をかけた藤平が挑戦的に笑う。その藤平が鬼の持つ酒樽を指差したところで、藤平の姿を視線で追いかけていたアヤカシたちが水を打ったように静まり返った。

「なんだ坊主」
「僕と飲み比べしない？僕に勝てたら百枚あげる」

藤平の発言と、彼が狩衣の袖元から取り出した札束に酒場は一斉に大騒ぎになった。
飲み比べとは客同士で気軽に行える賭博であり、藤平が取り出した札束は賭博で用いる紙幣のようなもので、一枚だいたい十万円の価値を持つのだ。

「鬼に五枚！」
「狐の少年に七枚やるぜ！」
「番台の姉ちゃん仕切ってくれ！」

「いいのか坊主、俺は強いぞ」
「うん。それよりこれじゃあ飲んでない僕が有利だろ？どれくらい先に飲んだのか教えてくれればそのぶん僕が沢山飲むから」

袖で口元を隠し笑む藤平が矜持に触ったのか、鬼はひやりとする殺気を込めた瞳で藤平を見つめ返した。

「……あれぇ、もう倒れちゃったの？ねえ給仕さん、この肴追加でお願いできる？」
「あっはい、ただいま！」

数時間後。最初に比べて少し人気のなくなった大広間には、大量の生きた屍になった鬼たちと中身が空っぽの酒樽が倒れていた。要するに飲み比べの勝者は藤平である。
観客たちの殆どは飲み比べが進むに連れて言葉を失っていった。大勢が鬼たちに賭けていたので倍率はもちろん藤平が圧倒的に低く、そのぶん金を巻き上げられたからだ。

まさか、誰も藤平が二十樽も飲み干すとは思わず。

「ナニモンだこの坊主」
「うっそだろ負けた」

勝敗が確定したことで、うって変わってざわつきを取り戻した大広間。女給が運んできたたこわさびに舌鼓を打つ藤平と、その周辺に倒れた鬼たちを遠巻きに囲みながら雑談を始めた。

表面上はいつも通りの雰囲気に戻った大広間に、またもや誰も予測しなかった乱入者が訪れる。

「失礼する」

彼が身につけているのは着物に袴と羽織だけ。頭布も、結袈裟も、彼らを象徴する朱色の高下駄も身につけていなかった。
だが、その威厳だけで彼が一体何者なのかを、明らかにここには無縁の存在だということを大広間のアヤカシたちが理解するのは簡単だった。

「三代目僧正坊の和泉丸……！？」
「嘘だろ！？」
「この賭博場なんかやったのか！？」

途端にぎゃあぎゃあと騒がしくなり、入り口付近に居たアヤカシは皆がそこから離れようとし出した。
深く溜息を吐いた和泉丸は、ずんずんと大広間の真ん中に近づいていく。そこに居るのはたこわさびのわさびが鼻にきたのか半泣きで酒を飲む藤平。

「え、坊主？」
「それか鬼共の回収か……肝が、肝が冷えた」

ささっと道を開けながら我が身の安全を確認し合うアヤカシたちの視線が集まる先で、和泉丸は藤平を猫の子を持ち上げるように摘み上げた。
そこでようやく乱入者の存在に気づいたのか後ろを振り返った藤平は、和泉丸の姿を認めるとそれこそ少年のように笑った。

「和泉くん！どうしたのこんなところまで。あ、見て見てこれ、全部潰しちゃった」

場の空気が一気に固まる。
おい今この坊主なんて言った。和泉って聞こえたんだが。渾名か。渾名だな。やべえぞこいつナニモンだマジで。

「……お前は何をやっているんだ」
「荒稼ぎ。隠世はやっぱり娯楽がいっぱいで楽しいねぇ、いつか現世にも行きたいなぁ」
「千尋が探していたぞ。お前はもう少し息子と孫に優しくしてやれ、藤平」

誰かがふじひら、と復唱した。そして一拍の間全員が黙り、そのあとは阿鼻叫喚の地獄である。

「なんだろ急に騒がしくなったね。誰かが大勝ちしたのかなぁ」
「……何樽飲んだ」

単位がおかしいと言ってはいけない。
耐性のないヒトが聞いたら卒倒するような恐ろしい気配の込められた低い声で詰められてなお、藤平はほわほわした表情でたこわさびを咀嚼した。

「わっかんなーい」
「すまん、こやつが何樽飲んだか記録している者はいないか」
「あ、あの。こちらになります……」

唯一平静を保っていた女給が差し出した木簡には大吟醸十八樽と純米大吟醸二樽の請求書。今回藤平が勝ったぶんで払えば大量のお釣りがくる額だが、それでも規格外である。

「藤平お前素知らぬ顔してるが確実に酔ってるだろう！むしろなんで生きてるんだこれだけ飲んで」
「あふふ」

叱られながら杯の中身を飲む藤平にいい加減堪忍袋の緒が切れたのか、和泉丸は懐から藤平が飲んだぶんの代金と、迷惑代として同じくらいの金額を女給に渡して「たこわさびー」と手足をばたつかせる藤平を肩に抱えて大広間から出て行った。

「藤平って、平安前から生きてる"牙城の藤平"、だよな？」
「むしろそれ以外にどんな藤平がいるんだよ！！」

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後日。

「藤。お前は麻呂に言われずともお前の奇行がどれほど周囲に迷惑を掛けるか分かるわよね？」
「はい……」
「何でも鬼を潰したそうじゃない。お前の腑はどうなっているのかしら」
「至って普通だと……」
「口答えはいらないわ」
「いや、でも旭ちゃん！僕は千年もの間暇と戦ってきたんだよ？」
「お黙り。次、夜更けに旦那様を駆り出してごらんなさい」
「どうなるっていうの」
「お前のところの可愛い紅葉は麻呂の孫になるわよ」
「二度としません」

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「……藤平様」
「ごめん。本当にごめんね紅葉ちゃん」
「藤平様……」
「真くんもごめん……」
「……父上……」
「……千尋もごめん」

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「真っ、そっちにはいらっしゃった？」
「全然影も形もない！瘴気が気配覚えてるはずなのに……もしかしたらもう山城から出てるかも」
「嘘でしょ……」
「あっ、姫様に真様！僧正坊様が牙城の君様を捕縛されたようです！」
「喜助。藤平様はどちらに？」
「……賭博場の酒場だそうで」
「は？」
「は？」

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