Zionの花束を17 (ページ17)

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Zion最後の日2 ページ17

マスター秘蔵のボトルがいい音を立てて開けられるのを眺めながら、顎髭が笑う。
「いやあ、あのときはなんで君が記念日知ってるの? って思ったけど」
「父の代からの付き合いだ。父は毎年何気なく祝っていた。それを不思議に思って、幼い頃に聞いた」
「君のお父さんはお父さんで律儀だよねえ」
「友人の誕生日や記念日を覚えるのは至極当然と思うが」
秋も終わり、外吹く風が木枯らしに変わる頃、この店は開店したらしい。マスター側が覚えていなかったのは、創業者であるマスターの祖父が別段特別な日として扱わなかったからだ。
毎日を特別な日に、ではなく、特別でない毎日を肴に、酒を楽しむのがZionの有り様だった。
故に、誰かに開店記念日を教えることはなかった。常連という常連はマスターの父の代までおらず、いつも風の噂に聞いた誰かが店にやってくる、といった感じだったらしい。Zionらしいといえばらしいエピソードだ、と顎髭は思った。
ただ、一人だけ、開店記念日を知る男がいたという。それがZionの奏者を見繕う手助けをしていた者だ。その役目を眼鏡の父が継ぎ、眼鏡が継いだ。
眼鏡の父は顔見せだけのつもりでZionに立ち寄ったが、店の雰囲気を気に入ったから、通うようになったという。それで、誰にも気づかれないよう、開店記念日にだけ、祝いの杯として、マスターのおすすめを頼むのだ。
「密かに祝うって辺り、なんか君のお父さんって感じだよ」
「店の趣旨が『特別でない毎日を肴に』だったからな。それを曲げさせてまで祝うことでもないと思ったんだろう」
「淡白だねえ。まあ、嫌いじゃないけど」
眼鏡と顎髭がそんなやりとりをする間に、グラスにワインが注がれていく。その柘榴石のような赤色は宝石というほどの煌めきはなかったが、酒という飲み物の妖しさと艶やかさを表すような色をしていた。
注がれたグラスは三つ。マスターは小さな腰掛けを持ってきて、二つを二人に配ってから、自分も座り、グラスを持つ。マスターとして酒を提供する側なので、本当に腰をかける程度の背の高い椅子であるため、二人より目線が高い。
「祖父の代だった頃の隠れた逸品とされるボトルです。最後なので、景気よく空けてしまいましょう」
「ふふ、そう来なくっちゃ」
三人がちん、とグラスを合わせた。
「乾杯」
こうして、Zion最後の日が始まった。