【d！】【短編集】恋愛カルテ (ページ35)

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「誘拐されるのは、怖くないんですか?」

楽観的にしか見えない話し方をするAに、意地悪だとは自覚しつつも、そう質問をする。誘拐されるのが、怖くないはずがない。普通の少女ならそうだ。俺自身も、幼いうちに誘拐されるとすれば、泣いて暮らすだろう。そう予想していた俺にかけられた言葉は、俺の予想を遥かに超えたものだった。

「怖い吸血鬼様に誘拐されるのは怖いの。13歳までに誘拐されるのも怖いの。でもね。」

Aは、そこで言葉を区切り、深く息を吐いた。その仕草が、齢8歳にしてはとてもなまめかしく、吸血鬼としての本能ではなく、男としての本能が揺すぶられる。珍しい、これまで、幾人もの女性を相手にしてきたと言うのに。…童貞だとはやされるあの3人でもあるまいに。

「お兄さんみたいな吸血鬼に、大きくなってから誘拐されるなら、Aは良いかな!」

にぱっと、さっきの表情とは一転変わって、少女らしい表情をしたA。その変貌ぶりに、また心臓が音を立てる。らしくもない、こんないたいけな少女に、長年生きてきた俺が心を奪われるはずもない。なのに、心の中で、何か変わった。

「じゃぁ、1つ約束してください。16歳になった時、もしも貴女がまだここにいたら。

俺はあなたを迎えに行きます。

その時は、俺の手を取って下さいね。」

俺を見て、笑顔を浮かべる少女の頭をポンと撫で、俺にしては珍しく笑顔を浮かべる。その表情に驚いたのか…Aは、少し目を見開いてから、花が咲くように、ぱぁっと笑った。とても美しく、綺麗で、何処か力強く。

愛している、なんてまだ分からないけど、運命の出会い、とはこのようなものなのかな、なんて思った。

数年後、本当に2人が永遠の契りを結ぶことは、別のお話。