百六話/崇め奉れ ページ6
正直、ここから太宰が何を話していたのか、あまり覚えていない。
内容はAの考えと大差なかったような気がする。
「偽装の為に遺骸に二発も撃つなんて」
とは、乱歩に六十秒で推理をしろと無理難題を命じられた時の杉本の言葉である。
しかし、解剖が
そして、『昨日の早朝』と、乱歩が話していた犯行時間。その裏付けは、遺体の損壊具合と被害者の顔、そして服装であった。
川を流れていたにも関わらず損壊が少ない遺体から考えられるのは、この遺体が川を流れてから長くても一日ということ。そして、昨日は火曜日、平日である。
ーーにも関わらず、私服で化粧をしていない被害者女性。激務で残業の多い刑事がそのような格好をするのは早朝。
と、一応は考えられるが、実際は真夜中かもしれないし、犯行現場や銃で脅したなどは目に見える手掛かりがない。
「そこまではお手上げだよ。乱歩さんの目は私なんかよりずっと多くの手掛かりを捉えていたのだろう」
そう、太宰が感心したように話していたのは何故か記憶に残っている。
「あ、でも!彼女の台詞まで中ててましたよね」
敦の疑問に太宰は「うん」と此方へ振り向くと、
「あれはね」
「……腕時計ですか?」
「その通り!よく判ったね、Aちゃん!」
「いえ、一度本で見た事があったので」
「Aちゃん、腕時計って?」
交際相手はいないと云われていた被害者の山際。彼女が付けていた腕時計、それは海外
そしてその腕時計を杉本も同じ
そのことを敦に説明すると、彼は「じゃあ……」と喉を引き攣らせた。
「あの二人は……」
「うん、早朝の呼び出しに化粧もせずに駆けつける。そして同じモデルの腕時計」
「ーーーー」
「二人は、恋人同士だったのだよ……職場にも秘密のね。だから彼は彼女の顔を蹴り砕けなかった。そうしないとマフィアの
沈黙する敦と眉を寄せて黒紫の瞳を伏せるA。太宰はその二人を一瞥すると、
「さて、これで判ったろう?」
「何がです?」
太宰は形のいい唇を引き伸ばし、整った二重瞼の目を細めた。
「乱歩さんのあの態度を、探偵社の誰も咎めない理由がさ」
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作者名:女中 | 作成日時:2022年6月11日 11時