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百二十六話/無言の謝罪 ページ36

太宰の胡散臭い笑みは兎も角、彼から物を奪えたというのは凄いことなのではないか。
否、特に凄くなくてもAにとってはそれは価値あるものだ。
いつも揶揄ってくる意趣返しといったところか。


「あのー、自慢げな顔してるところ悪いのだけど」


上に視線を向けるため、必然的に上目遣いになっている太宰。彼に指摘されて始めて顔に触れてみる。
すると、口角が微妙に上がっていたり、目尻が下がっていたりしているのが判った。
成程。これは太宰の云う通り、したり顔だ。
緩んだ頬を軽く叩く。
そうして、気を引き締めたところでーー、


「後ろ、ぶつかるよ」


「後ろ……?痛っ!」


激突音。衝撃に追いつく痛みが脳を殴り付け、周りで火花が散る。
ーーAは電柱に頭をぶつけることに見事成功してみせたのだった。



ーーーー
「痛いです……」


「人の所有物を勝手に盗るからそんな目に遭うのだよ。ーー間一髪、だったね。危ない危ない」


太宰の言葉の後半。小声で呟かれたそれに気付かず、Aは痛みを訴える頭を撫でた。
その痛み具合といったら、結っていた髪を解いたほどである。


「やれやれ、次はAちゃんも空から落ちてみるかい?なぁに、心配は要らない。責任をもってこの太宰治が受け止めてあげるよ。先刻の携帯のように」


「太宰さんって意地悪ですね」


バツの悪そうに目を伏せて、Aは口を尖らせる。
いつもだが、それ以上に今、太宰が口を回らせているのには理由がある。
それは彼が匂わせている内容。
Aが電柱に衝突したことで起こった出来事だ。

鈍痛で緩んだAの手。そこに握られていた携帯は、指の間をすり抜け、落ちる。
下、下、下へ。
そしてそのまま地面に激突するーー寸前、


「え、何……って痛ぁ!!」


かなりの速度で落ちていった携帯が、太宰の足に直撃したのだ。


「あわぁあわ!!」


痛む頭をそのままに、Aは奇声を上げて地面に足をつける。
嫌な音を立てる携帯。太宰の靴に激突し、何かが削れる音と共に地面を滑っていったそれを手にする。


「……画面、割れてる、けど。ーー善かった、使える」


恐らく国木田が買ったものであろうこの機械を壊したとなれば、大激怒が待っているに違いない。
故にいち早く携帯の状態を確認し、無事を確認したAは安堵した。


「ねぇ、嘘だよね?私よりそんな機械の心配なんて!」


この後Aが太宰に返す反応を間違え、フォローに苦闘したことはまた別の話である。

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作者名:女中 | 作成日時:2022年6月11日 11時

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