百十話/帽子の男 ページ20
「あの……?」
「太宰の野郎なら殺しちゃいねぇよ。ーー今はな」
「ーーーー」
意味不明とでも云いたげなAに、男は目を細める。その彼から微かな殺気を感じ取り、Aは開きかけた口を閉じた。
彼も芥川と同じ、一挙一動が生死に直結する人間だ。
或いは、芥川と同じかそれ以上のーー、
「な……ッ、なんだ、これ」
男が突然、鍵を回す前に困惑顔をつくった。
瞬間、Aを戒めていた拘束具が音を立てて解けた。ーーまずい。
「……手前か?」
男は信じられないようなものを見る目でAを見やる。その視線を受けるAはといえば、頭の中で必死に云い訳を考えていた。無意味にも思われるほど思考が白熱する。
「え、とこれは……ですね」
このままでは確実に死ぬ。
口ごもるAだったが、そこへ救世主が現れた。
「一寸中也!何勝手にAちゃんに触れてるの!?」
騒がしい音を立てて姿を現したのはAが何度も脳裏に思い描いた男、太宰だった。
遅すぎる登場、だが最もAが焦がれた瞬間にやってきた男に、Aは心の中で感謝する。絶対口にはしないが。
「交渉終わりに急に殴るのも酷いじゃないか。全く、どんな教育を受けたのやら」
「るっせェ、この太宰が」
男は太宰の名前を悪口のように吐き捨てる。
その仲の悪さにも驚きだが、A的には目の前の男が太宰を殴ったことの方が衝撃的だ。あの太宰が攻撃を食らうなんて。
「まぁ、すぐ
なんでもないことのように太宰は云って、Aの所に向かってくる。
「Aちゃんが中也菌で汚染されちゃうから止めてよね。あーやだ汚い」
「俺じゃなくてお前が病原体だ!ーーいや、んな事より此奴が手錠を……」
「あぁ、Aちゃんが……真逆こんなに早く出来ると思わなかったよ。空き巣の才能があるね」
「空き巣は厭です……」
ーー太宰がAに伝授した秘技とやらは、ピッキングの方法だった。何に使うのかとは思っていたが、こんなに早く使う時がくるとは。
ポートマフィアの鍵は矢張り特別製なのか、鍵を開けるのにかなり手間取ったのは内緒にしておこう。
というか、そんなことよりーー、
「中也……?」
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作者名:女中 | 作成日時:2022年6月11日 11時