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「……聞きたいことは山程あるんだ。向こうの世界でのこと…いや、近界で何があったのか」
忍田さんは持っていたコーヒーをテーブルに置いて口を開く。真っ直ぐに私を見つめる瞳は私の中で揺れる感情を見透かされているような気がした。
「……迅からは聞いていないんですか?」
「ある程度はな、がAの口から聞きたい」
私は手の中で小さく揺れているコーヒーをテーブルにそっと置く。彼の視線から逃れるようにうつむいて、空になった手を強く握った。
「人を、殺しました」
軽蔑するだろうか。自分が育てた弟子が人を殺めるなんて。
「不可抗力、そう言えればいいんでしょうけど。人を殺しておいてそんなこと言えないですから」
「……相手はベイルアウト機能がなかったのか」
「はい。トリガー使いに逃げられては、また新たなトリガーで戦ってくるので。その場で」
「それはお前の意思か」
「……最初は強制的に。でも、だんだんと感覚は麻痺していって」
それで、私は。
言葉が続かなかった。壁にかかっている時計の秒針がかちかちと規則的に音を鳴らす。
「A」
忍田さんの声が部屋に響く。
「A、顔を上げてくれ」
ふっと肩から力が抜けるように。恐る恐る私は顔を上げた。目の前の彼はひどく優しい顔をしていた。それでいて悲しそうな。いや悲しみではない、これはたぶん。
「申し訳なかった。あの日、私がAを止められればここまで背負わせることはなかったのに」
じわりと瞳に膜が張るような感覚。視界が徐々にぼやけていく。
「私の未熟さが招いた結果だ。謝ってすむ問題ではない。Aが近界で苦しい思いをしたのは全て私の責任だ」
「ち、がいます。違います忍田さん。あの日残るのは私でないといけなかった…!そうじゃなきゃ、皆はここにたどり着けなかった…!」
「……迅の予知とは言え、だ。本当に済まなかった」
忍田さんはゆっくりと私に頭を下げた。言いたいことはわかる。私は幼い頃に親をなくし忍田さん自身が目をかけてくれていたと自分でも分かっていたから。
「謝らないでください、人を殺したのは私自身なんです……。だれのせいでもない。私はその分、ボーダーとして人を救うから、だからどうか」
自分のせいだと、責めないでほしい。迅の姿と重なるような気がして。
すまない、ありがとう。忍田さんはそう小さく呟いた。多くは語らなくていい。彼のその二言は私の涙を優しく抱きとめるようだった。
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鏡 - なぎささん» なぎささんコメントありがとうございます!好きと言って頂けるだけでありがたいのに5回も読み直して頂けるなんて恐縮です…!本当に本当にありがとうございます!嬉しすぎて泣きそうです…不定期更新でご迷惑お掛けしますがこれからも頑張りますね! (2022年10月1日 20時) (レス) @page49 id: 79e67df0bc (このIDを非表示/違反報告)
なぎさ(プロフ) - 更新ありがとうございます!この小説が好きすぎて5回は読み直しました...これからも応援しております🥳ご無理のない程度に頑張ってください! (2022年9月30日 20時) (レス) @page48 id: 0fe7f18098 (このIDを非表示/違反報告)
鏡 - 璃々さん» コメントありがとうございます!手探りで進めているようなお話ですが面白いと言って頂けて本当に嬉しいです!続きも待ってくださるなんて本当に嬉しすぎて転げ回っております…本当に励みになりました!不定期更新で申し訳ないですがこれからも更新頑張りますね! (2022年7月30日 0時) (レス) id: e6b083c4a6 (このIDを非表示/違反報告)
璃々(プロフ) - コメント失礼します!近界から帰ってくるっていう新しいタイプのお話ですごく面白いです!!!夢主の実力がどのくらいかとかほんとに気になって仕方ないです…続き楽しみに待ってます!頑張ってください!!! (2022年7月29日 19時) (レス) @page31 id: e950c5fcca (このIDを非表示/違反報告)
鏡 - ゆん。さん» コメントありがとうございます!世界観にハマるだなんてとてもとても嬉しいお言葉ありがとうございます!私もゆん。様のお言葉に励まされ飛び上がって喜んでおります…!これからもちょこちょこ更新しますのでどうぞよろしくお願い致します! (2022年7月15日 12時) (レス) id: d84ec32568 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:鏡 | 作成日時:2022年6月30日 2時