その方途を辿るもの・悋気 ページ11
やがて喧騒が聴こえ始めた頃、Aの背後に迫る気配がひとつ。
「おつかれ、シロちゃん」
この軽快且つ胡散臭い声は、
「おつかれさま、迅」
振り返って応答する。そこにはやはり、にこにこと人当たりの良い雰囲気をした迅が立っていた。
「そう警戒しなさんなって。傷つくよ?おれ」
「うん、ごめん」
「素直でよろしい。ところで、起き抜けだったりする?」
謝罪こそすれど、Aは直後で身構えてしまう。そういうところだぞ、迅。
「…うん、さっきまでお昼寝してたよ」
「やっぱり。ほら、ここ」
彼はそう言うなり、彼女の頭に右手を伸ばした。Aは反射的に屈む。驚いて後ずされば、違う違う、と彼は笑う。
「寝ぐせ。自分じゃ分かんないだろ」
「あ」
得心したかのように、口を開ける。頭を気にしだした様子を見届け、迅はAの髪を撫でつけ始めた。
その穏やかな双眸と意外と優しい手つきに、Aは誰かを回顧する。
と、そのときだ。
「オイ」
黒い腕が、横から伸びる。Aの手首を掴み、離さない。
よく知る声。されど、心なしか低くなった音。
「…カゲ?」
「ようカゲ。元気してたか?」
「…」
横槍を入れた影浦は、どちらの問い掛けにも応えない。ただじっと迅を見据えていた。そうして三者三様に膠着していると、彼はより一層眉間に皺を寄せる。
「コイツから離れろ」
ぱしっ。
影浦は不意に、Aの頭に置かれた迅の手を払い除けた。対する迅は憤りもせず、払われた手をそのまま自身の腰に当て、愉快そうに向き直り揶揄を紡ぐ。
「その心は?」
見透かしたかのような、たちの悪い笑み。
しかし影浦は一瞥しただけで、Aの細腕をそのまま引いて反対側へと歩き出す。
「行くぞ」
「え、どこに?」
Aは不思議そうに首を傾げつつも、ひらひらと、掴まれていないほうの手を小さく迅に振った。寝癖直しの感謝のつもりだ。
迅がそれに応えるも束の間、影浦の歩幅が大きくなり彼女は慌てたように足並みを揃えていく。
「…なるほどね」
そうして一人残された迅は、遠ざかる二人の背を暫し見届ける。
やがてゆっくりと目を閉じ、成すべき未来に思いを馳せるのだった。
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作者名:未紺碧 | 作成日時:2022年5月20日 12時